コロナ危機と検察庁法改正案から見える政官関係

田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長
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田中均氏=根岸基弘撮影
田中均氏=根岸基弘撮影

 コロナ危機管理や検察庁法改正案問題を通じて「安倍1強体制」の矛盾や欠陥が出てきた。コロナ対策にしても東京高検検事長の定年延長問題にしても、政府内の吟味された政策というより、政治的動機に満ちた行動の色合いが濃いように見える。強い官邸の政治権力の前に官僚が本来のプロフェッショナルな役割を果たせていないのではないか。今一度、政治権力と官僚の関係が見直されるべきではないか。

 コロナ危機管理を通じて見られるのは、政と官の間に存在する大きなギャップだ。例えば2月の段階での全国の小中高校の休校は専門家の意見を聞かず首相が決断し、また、多額の国費を使っての布マスク2枚の全国民への配布は官邸の秘書官の助言で決まったという。これらが適切な施策であったかどうかは検証されなければならないが、政府内で省庁を動員して十分考え抜かれた施策とは見受けられない。その後もPCR検査について首相は何度も検査能力を上げ実施ペースを上げる、と言いながら実際にはそうはならず、相当時間が経過してから政府専門家会議が検査の増えない理由を列挙する。国民が最も望む給付金などにしても首相の掛け声とは裏腹に、なかなか国民の手には届かない。本来は問題点を織り込んだうえで首相の発言になるはずのところ、前のめりの政治的発言となる。幹部官僚はともかく、実際に作業にあたる現場の官僚との間のギャップは甚だしく大きいのだろう。このような政と官の信頼関係の欠如の背景には、政治権力の人事を通じる官僚組織の掌握と幹部官僚の忖度(そんたく)体質が垣間見え、その結果、忖度体質とは無縁な末端の官僚は、トップダウンで決められた政策の実行に大きな無理を強いられる。

 検察庁法改正案は、内閣の裁量により幹部検察官の定年延長を可能にすることを法定しようとするものだ。そもそも検察は公訴権をほぼ独占している準司法機関という性質上、検察官の人事に政治介入をすることなく、検察の自立性に任せようというのが歴代内閣の基本だった。検察の最も重要な任務は証拠に基づく公正な捜査・訴追を行うことであり、政治的配慮が入っては困る。それを官邸は、これまで長く存在した法律の解釈を変えてまでも黒川弘務東京高検検事長の定年延長をしようとした。もちろん手続き上は法務省が閣議に請議し内閣が閣議決定したわけだが、これが官邸の指示に基づくものであることは明らかだろう。余人をもって代えがたいとして定年延長をされた検察官が、政治権力に恩義を感じて忖度をしようと思っても不思議ではない。

 黒川検事長が思いもよらぬメディア関係者との賭け麻雀で辞任を余儀なくされても、法務省は懲戒に至らない訓告という軽い処分で終わらせた。ここで官邸の政治的判断が行われていることは明らかなのに、首相は定年延長も処分も法務省が提案してきたのだから、あたかも法務省の責任だと言わんばかりの態度をとる。官邸が官僚支配を目する人事介入を行い、うまくいかなければ政治責任を負うことも説明責任を果たすこともせず、関係省…

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田中均

日本総合研究所国際戦略研究所理事長

1947年生まれ。69年京都大学法学部卒業後、外務省入省。オックスフォード大学修士課程修了。北米局審議官、在サンフランシスコ日本国総領事、経済局長、アジア大洋州局長を経て、2002年より政務担当外務審議官を務め、05年8月退官。同年9月より(公財)日本国際交流センターシニア・フェロー、10年10月に(株)日本総合研究所国際戦略研究所理事長に就任。06年4月より18年3月まで東大公共政策大学院客員教授。著書に『見えない戦争』(中公新書ラクレ、19年)、『日本外交の挑戦』(角川新書、15年)、『プロフェショナルの交渉力』(講談社、09年)、『外交の力』(日本経済新聞出版社、09年)など。