菅原琢さんのよびかけ

#検察庁法改正案に抗議します に意義はあるの? ネット上の政治運動について意見を募集

菅原琢・政治学者
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衆院内閣委員会で黒川弘務・東京高検検事長の定年延長問題に関して質問に答える菅義偉官房長官(右)=2020年5月20日、竹内幹撮影
衆院内閣委員会で黒川弘務・東京高検検事長の定年延長問題に関して質問に答える菅義偉官房長官(右)=2020年5月20日、竹内幹撮影

 長年、インターネットと政治の関係は議論されてきました。共産党の山添拓参院議員(2016年東京選挙区選出)が取り上げた、「#検察庁法改正案に抗議します」というツイッターのハッシュタグ(単語の頭に#を付けたものをこのように呼びます)を使用した抗議活動は、その新たな一例です。

 <#検察庁法改正案に抗議します が政治を動かす

 今回は、この運動をはじめとするネットでの政治運動の意義や是非について、ご意見を募集できればと思います。

「数の力」という評価は適切か

 さて、ここで終わらせれば、単に賛成派から絶賛の声、反対派から否定的意見が集まるだけになりそうなので論点を落としておきます。

 山添議員は今回の抗議活動を、「ツイッターのハッシュタグが異例の拡散を経てマスコミも注目するところとなり、一つの法案を国政の重大課題に押し上げた」とし、「政治は、国会内の数の力だけで決まるものではないことを、多くの人が目撃した」と評していました。また、「10日あまりの劇的な変化をつくりだしたのは、SNSをはじめ各地で声を上げた一人一人の力であり、民主主義の力である」とも述べていました。

 この評価の焦点は抗議活動の数的規模にあります。ハッシュタグの「拡散」が運動のパワーであり、国会「外」の数が民主主義の力なのです。山添議員だけでなく、これを取り上げた各媒体の報道も、有名人が加わったこととともに数に着目していました。

「#検察庁法改正案に抗議します」400万超 ネット世論、政治に一撃

 しかし、今回の抗議活動の評価を「数」で決めてよいものなのでしょうか。少し考えてみましょう。

 立憲民主党の大串博志衆院議員(佐賀2区)の下記記事に使用されているハッシュタグ「#国会を止めるな」は、野党議員らがSNSで積極的に用いていました。このハッシュタグもツイッターでトレンド入り(話題の単語としてツイッター内で表示されること)しましたが、他紙で「2匹目のどじょうならず」と見出しをつけられたように、「#検察庁法改正案に抗議します」に比較すれば拡散されなかったと言えます。

 <#国会を止めるな コロナ対策など問題次々 首相は説明責任果たせ

 それでは、「#国会を止めるな」は数を集められなかったから失敗だったと言えるでしょうか。国会延長は人々の支持を集められなかったと評すべきでしょうか。

難しい数的評価の線引き

 「#検察庁法改正案に抗議します」に比べて「#国会を止めるな」と意思表示した人々の数が少なかったことは確かでしょう。一方、比較ではなく絶対数で見て、「#検察庁法改正案に抗議します」の参加人数は多く「#国会を止めるな」は少ない、と表現することはできるでしょうか。

 ツイッターで「トレンド入り」したのだから、どちらも「多い」と言うことはできそうですし、「トレンド入り」する単語は毎日いくつもあるのだからどちらも大事(おおごと)と捉えるべきではないと指摘することもできるでしょう。

 そうだとすれば、「#検察庁法改正案に抗議します」の数を「民主主義の力」だとする基準はいったいどこにあるのでしょうか。意地悪く言えば、実は数は問題ではなく、有名人が多数加わったりマスメディアが報じたりといったもので権威的に線引きがなされているようにも見えますが、どうでしょうか。

「ネット世論」=ノイジーマイノリティー?

 日本におけるインターネットと政治の関係の歴史を見れば、この数的規模の評価は常に問題となってきました。だいたい、「ネットの声」「ネット世論」等々と表現されてきたものは、総じてノイジーマイノリティーが可視化されたものだったと思います。

 今回のハッシュタグ政治運動は、どちらも現野党勢力が加担、あるいは主導したものです。しかし、マイノリティーを多数に見せ、これを「世論」と称するようなネット内外の政治行動は、むしろ右派的、排外主義的、あるいは愉快犯的な集団が得意とするものだったように思います。

 今回のようなハッシュタグ政治運動について「数の力」と評することは、こうした勢力が得意とする組織票を集める戦術、少数をマジョリティーと印象付ける技術の競争に、国政政党が手を出し始める端緒になりはしないかと危惧しています。だから、この運動を主導し評価する方々は、今回の抗議活動を「数」の話だけに終わらせないよう、特に慎重に考えなければならないと思います。

政治運動としての意義はどこに

 そこで、改めてみなさんに意見をお聞きしますが、今回の「#検察庁法改正案に抗議します」は、政治運動としてどのような意義があったのでしょうか。どのようなところに希望を見いだせるのでしょうか。あるいはこんな運動は無意味と切り捨てたほうがよいのでしょうか。

 多様な角度からのご意見をお待ちしております。

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菅原琢

政治学者

1976年生まれ。東京大学先端科学技術研究センター准教授など歴任。専門は政治過程論。著書に「世論の曲解」、共著「平成史【完全版】」など。戦後の衆参両院議員の国会での活動履歴や発言を一覧にしたウェブサイト「国会議員白書」https://kokkai.sugawarataku.net/を運営。