櫻田淳さんのよびかけ

<ご意見募集>敵基地攻撃能力 日本は「矛」を持つべきか 櫻田淳さんのよびかけ

櫻田淳・東洋学園大教授
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櫻田淳さん=根岸基弘撮影
櫻田淳さん=根岸基弘撮影

 去る6月15日、河野太郎防衛相は、陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の秋田、山口両県への配備計画を停止すると表明した。そして、続く25日には、他の代替候補地の選定も困難であるという理由で、配備計画それ自体の撤回が表明された。

 この度、読者各位に呼び掛けるのは、小野寺五典衆院議員の論稿<イージス・アショア「停止」は人為的ミス 防衛省は正確な説明を>をたたき台にして、日本の安全保障に絡む「思想」を確認する議論である。

 日米同盟の枠組みの下、日本の安全保障政策方針は、「日本は『盾』、米国は『矛』」という役割の分担を前提としていた。日本が「盾」の役割を前提とする限り、「イージス・アショア」という装備を手にすることは、必要な選択であったといってよい。故に、この度の「イージス・アショア」配備計画の扱いについて、混乱を来したのは、小野寺議員の書く通り、「イージスシステムに不備があるかのような誤解を招きかねない。システム自体は有効に機能している。今回の問題の根幹は防衛省の説明ミスであり、人為的なものだ。このままでは日本の防衛システムへの不信感をもたらし、日米関係にも影響を与える懸念がある」というものになる。「イージス・アショア」配備計画撤回の後、日本が本当に「盾」の役割に徹すべきかは今後、真面目な議論の対象とされなければならないであろう。

◇「専守防衛」原則の意味は

 この意味では、策源地打撃能力(敵基地攻撃能力)の保持は、確かに議論の対象になるべきものである。「イージス・アショア」が喩(たと)えていえば、「飛んで来た蜂をパチンコ玉で撃ち落とす」ような代物であるとすれば、これは、「蜂の巣を根こそぎ潰す」ような対応である。この域に適宜、踏み込めるかが問われることになる。従来、日本の安全保障政策方針として金科玉条のごとく語られてきた「専守防衛」原則に執着する意味を問い直さなければなるまい。

 筆者は、日本の安全保障政策方針の先々のイメージは、「日米同盟における『盾と矛』」ではなく、喩えていえば戦国時代・設楽原の戦いで武田勢を迎え撃った織田徳川連合軍における徳川勢のようなものであるべきと考えてきた。織田勢のジュニアパートナーであるかもしれないけれども、織田勢と同じ役割を引き受けた徳川勢のイメージである。同盟の運用とは、そこまでの対応を要求するものなのではないだろうか。

 集団的自衛権の行使を限定的に認めた現今の体制の上に何を築くかが、今後の議論の本質である。これに関していえば、日本が集団的自衛権を行使する事由は、果たして米国との関係だけに求めていいのか。それは、豪州、インド、さらには他の太平洋島嶼(とうしょ)諸国にも広げるべきものではないのか。「イージス・アショア」計画の撤回は、そうした射程の長い議論の呼び水になるのであれば、それ自体としてはネガティブな意味だけを持つことにはならない。読者各位から実のある所見が示されることを期待する。

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櫻田淳

東洋学園大教授

1965年生まれ。専門は国際政治学、安全保障。衆院議員政策担当秘書の経験もある。著書に「国家の役割とは何か」「『常識』としての保守主義」など。フェイスブックでも時事問題についての寸評を発信。