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<「普通の人」の過激化、暴走止める対処法>歪んだ正義(5)

大治朋子・編集委員(専門記者)
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 7月に長崎市内で開かれたDV加害者更生プログラムの体験会。新型コロナウイルス感染拡大の影響で外出自粛が長期化し、配偶者などへの暴力に関する相談が増加。臨床心理士らで作る「ながさきDV加害者更生プログラム研究会」は加害者が自らの行動を見つめる心理教育講座を企画した=長崎市馬町で2020年7月3日、今野悠貴撮影
 7月に長崎市内で開かれたDV加害者更生プログラムの体験会。新型コロナウイルス感染拡大の影響で外出自粛が長期化し、配偶者などへの暴力に関する相談が増加。臨床心理士らで作る「ながさきDV加害者更生プログラム研究会」は加害者が自らの行動を見つめる心理教育講座を企画した=長崎市馬町で2020年7月3日、今野悠貴撮影

過激化に潜む攻撃グセ

 前回のコラムで、人間には心身のバランスを保とうとする無意識の機能があるという考え方を紹介した。世界的に有名なギリシャ・アテネ大学のジョージ・クルーソス名誉教授(小児科)が2009年に提唱した「ホメオスタシス(平衡維持力)」理論だ。

 心身のバランスとはシーソーのようなもので、負荷が大きくなりすぎるとマイナス側に傾く。特に社会経済的な資源が乏しい人や新たな資源を獲得しにくい環境にある人は、予想外の大きな負荷がかかるとマイナスに傾いたままなかなか均衡を取り戻せず、そのままバランスを崩しやすい。

 このコラムで取り上げているような他者への暴力やネット上での中傷を繰り返す人は、一時的に攻撃欲求や不満を解消することでバランスを図ろうとしている可能性がある。ホメオスタシスの理論などに基づけば、攻撃者は楽しみや余興のために攻撃行動を取っているというより、日常のストレスなどで負荷が高まると自分を支えるために習慣的にそうした対処法を取っているとも考えられる。

 前回のコラムでも触れたが、人間のストレス対処法にはおおむね2種類あるとされる。ひとつは不快感情を和らげようとするアプローチで、音楽を聴いたり運動をしたりする行為が当てはまるが、一時的に不安やストレスを解消し快楽を追求するやけ食いや過度の飲酒、薬物乱用、過剰な買い物、そして他者への攻撃行動も含まれる。もうひとつはストレスのもとになっている問題そのものの解決に向けて対処する方法だ。

 両アプローチをバランス良く使いこなせれば最善だろうが、往々にして私たちは不健全な回避的行動ばかりを繰り返し、本質的な対処を怠ることが少なくない。特に「正義」に基づく他者への攻撃行動は自尊心を高めることから快楽をもたらしやすく依存性も高い。

 同じ家族、学校、地域に育ちながら攻撃性を激化させる人と激化させない人がいる背景の一つには、こうした個人の対処法の違いがある。逆にいえば、建設的なストレス対処法でバランスを保つことができるようになれば、攻撃行動を防いだり減らしたりすることにもつながる。

 今回のコラムは自分や自分の愛すべき人に大きなストレスがかかった時、他者を過剰攻撃するような対処法ではなく、長期的に望ましい対処をするためにどのようなアプローチがあるかについて報告する。

攻撃行動への依存

 対処法の重要性に関心を抱いたきっかけは留学2年目に経験したインターンシップだ。私はホロコースト(ユダヤ人大虐殺)を生きのびた人々(サバイバー)の心理ケアを行う公的施設「アムハ」で8カ月ほどボランティアとして働いた。サバイバーの平均年齢は今や80歳前後。大半が幼少時代に両親を含め親族のほとんどをナチス・ドイツらに殺されながら奇跡的に生き延びた人々だ。運営資金の多くはホロコーストを推し進めたナチス・ドイツの責任を踏まえてドイツが戦後補償の一環と…

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大治朋子

編集委員(専門記者)

 1989年入社。サンデー毎日、社会部、ワシントン特派員、エルサレム特派員などを経て現職。英オックスフォード大学ロイタージャーナリズム研究所客員研究員。2017年から2年間休職しイスラエル・ヘルツェリア(IDC)学際研究所大学院(テロ対策&国土安全保障論、サイバーセキュリティ専攻)修了、シンクタンク「国際テロリズム研究所」(ICT)研修生。テルアビブ大学大学院(危機・トラウマ学)修了。防衛庁(当時)による個人情報不正収集・使用に関する報道で02、03年度新聞協会賞受賞。ボーン・上田記念国際記者賞など受賞。単著に「勝てないアメリカー『対テロ戦争』の日常」(岩波新書)、「アメリカ・メディア・ウォーズジャーナリズムの現在地」(講談社現代新書)など。