東南アジア探訪記

中国漁船から逃げ出したインドネシア人青年

武内彩・ジャカルタ特派員
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乗り込んでいた中国漁船でインドネシア人船員の仲間と一緒に笑顔を見せるマシャリさん(手前)=2020年3月、本人提供
乗り込んでいた中国漁船でインドネシア人船員の仲間と一緒に笑顔を見せるマシャリさん(手前)=2020年3月、本人提供

 インドネシアで、中国漁船で働くインドネシア人船員への虐待が問題になっている。中でも人々に衝撃を与えたのは、船上から遺体が無残に海に投げ捨てられる動画だった。

 船員の多くは地方出身の貧しい若者だ。劣悪な労働環境にも関わらず、「月給300ドル(約3万円)」が魅力的で従事してしまうのだという。今年4月、中国漁船から逃げるため海に飛び込み、漂流後に救助された元船員の男性が、壮絶な体験談を語ってくれた。

 船員への虐待疑惑は5月、韓国のMBCテレビが報じたことで表面化した。この男性が乗り込んだものとは別の漁船が韓国南東部・釜山港へ寄港した際、船員が韓国政府に助けを求めたという。船員は船内で遺体を遺棄する様子が映された動画を渡し、これがソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)で瞬く間に拡散した。

 衝撃的な映像にインドネシア国民の間では中国への不信感や怒りが広がり、インドネシア政府に対して真相究明を求める声が高まった。こうした世論に押されるように放送から2日後、インドネシアのルトノ外相は、過去数カ月間で中国漁船で働いていたインドネシア人船員4人が死亡し、うち3人の遺体が海に遺棄されていたことを明らかにした。複数の漁船で同様の事件が相次いだことで、両国の間で外交問題に発展している。

 インタビューに応じてくれた元船員の男性は、東ジャワ州ルマジャン県出身のマシャリ・ファルディアンシャさん(21)。地元で職業訓練学校を卒業後にバイクや自動車の修理工場で働いていたが、生活は苦しかった。

 そんな時、これより給料のいい中国漁船の船員の求人があると聞き、フェイスブックで探し出したインドネシアの仲介業者に連絡を取った。すぐに返信があり、中部ジャワ州テガル市にある業者の宿泊所に呼ばれた。仲介業者からは、月給300ドルで3カ月ごとに家族の口座に入金されると説明を受けた。東ジャワ州の最低賃金は月額約130ドルなので、300ドルは魅力的だろう。

 間もなく海上での救難訓練など1週間の研修が行われた。研修を終えた後、1カ月ほどは何もすることがなく、ただ、出発を待つだけだった。。マシャリさんは「宿泊所で食べて寝るだけだったので、早く仕事をして稼ぎたかった」という。まさかその後に命の危険が迫る日々が待っていようとは、夢にも思わなかったのだろう。

 2019年9月半ば、マシャリさんはインドネシア各地から集められた同じ年ごろの男性20人と一緒にジャカルタから飛行機でシンガポールへ向かった。シンガポールに到着すると、行き先は4、5人ずつで分かれた。マシャリさんはサウジアラビアとオマーンに向かうという中国の漁船に乗り込むよう指示された。外国漁船で働くリスクも、身を守る方法も、何も知らないままだった。

 仕事は乗り込んだその日から始まった。1日の睡眠時間は長くても3時間ほど。少しでも時間があれば網の修繕など雑用…

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武内彩

ジャカルタ特派員

1980年生まれ。2005年に毎日新聞に入社、神戸支局を振り出しに大阪社会部の在籍が長かった。東南アジア好きは学生時代のフィリピン留学以来。担当地域はインドネシア、フィリピン、マレーシア、シンガポール、オーストラリアなど。