官房長官は首相への必須条件

中川佳昭・編集編成局編集委員
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安倍政権の官房長官として事実上最後となる3213回目の記者会見をする菅義偉官房長官=首相官邸で2020年9月14日、竹内幹撮影
安倍政権の官房長官として事実上最後となる3213回目の記者会見をする菅義偉官房長官=首相官邸で2020年9月14日、竹内幹撮影

 菅義偉内閣が正式にスタートした。7年8カ月、歴代最長の安倍晋三前首相の時代が終わり、たたきあげの菅首相の誕生となった。令和おじさんこと、菅首相への世論の反応は好調で、毎日新聞の全国世論調査(9月17日)で内閣支持率は64%となった。

 今回の菅内閣誕生にあたっては、政治史上、特筆されることがある。自民党の政権下で首相になるための必須条件が官房長官を経験すること、自民党派閥のトップは首相を生み出す力は備えても、自らは首相の座に縁遠いという実情が明白となったことだ。この2点から菅政権の本質を解き明かしてみたい。

 菅氏は第1次安倍内閣で総務相を務めた後、2012年12月から第2~4次安倍内閣の官房長官として7年8カ月、安倍政権の大番頭として首相を支えてきた。

 「内閣官房長官」――。戦前は内閣書記官長との呼称で、新憲法下で内閣官房長官と呼ばれるポストになったが、国務大臣となったのは1966年佐藤栄作内閣の橋本登美三郎官房長官の時で、それまでは一部の例外を除いて「0.5」と称されたものだった。

 首相の近くにいても、首相に直結するポストではないうえ、首相と一心同体とみなされる懸念が強かったのも事実だ。第1次岸信介内閣当時の佐藤栄作(岸首相実弟)が官房長官に擬されたが、兄弟共倒れになる可能性を案じた佐藤側近(田中角栄ら)が猛反対して潰れたという事例もある。

 後年、佐藤が首相在任中(1971年)、田中を官房長官にという声も上がったが、田中は官房長官就任は首相に取り込まれ、逆に政権取りが難しくなるだけとの判断から、官房長官を固辞、通産相(現経済産業相)に回った。

 田中角栄は首相になる条件として「外相、蔵相(現財務相)、通産相のうちの二つと自民党幹事長、政調会長の経験」を挙げていたが、官房長官は入っていなかった。

 ゆえに国務大臣でない頃の官房長官を務めた佐藤栄作(吉田内閣)、大平正芳(池田内閣)、鈴木善幸(同)は後に首相になったとは言え、彼らにとって首相へのキャリアパスだったとは言いがたい。

 しかし、…

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中川佳昭

編集編成局編集委員

1962年生まれ。89年毎日新聞社入社。静岡、浜松支局、東京本社政治部。政治部では首相官邸、自民党(小渕、橋本派)、外務省などを長く担当。大阪本社社会部(大阪府庁キャップ)、政治部与党、官邸クラブキャップ、政治部副部長、同編集委員、社長室委員兼編集編成局編集委員などを経て2019年5月から編集編成局編集委員兼社長室委員。