「女性はいくらでもうそをつく」という発言の原因を考える

青木理・ジャーナリスト
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青木理氏=長谷川直亮撮影
青木理氏=長谷川直亮撮影

 「女性はいくらでもうそをつく」。そう発言した自民党の杉田水脈衆院議員が批判を浴びているが、誤解を恐れずに言えば、私は杉田氏に若干の同情めいた思いというか、一種の哀れみに似た感情を覚えている。

 もちろん、以前杉田氏が寄稿して月刊誌が休刊する引き金となった、性的少数者(LGBTなど)について「生産性がない」といった言説と同様、今回も論外の発言である。ただ、「こう言えば喜んでくれる人たちがいる」と思い込み、杉田氏なりに「良かれと考え」て一連の言説を発しているようにも思われて仕方ない。

 つまり、いずれも政権や与党内に漂っている価値観を直截(ちょくせつ)な形で表現しただけのことであり、さらに言うなら、昨今の日本社会にもうっすらと共有されている認識が杉田氏を通じて表出されているということではないのか。

 私は杉田氏と一度だけ、あるテレビ番組で共演したことがある。番組前の打ち合わせから同席し、そこには番組の司会者や他の共演者、スタッフらも大勢いたが、初見の人が姿を見せると杉田氏はすぐに立ちあがり、丁寧なあいさつを繰り返していた。一介の…

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青木理

ジャーナリスト

1966年生まれ。共同通信社会部、外信部、ソウル特派員などを経て、2006年よりフリーとして活動。主な著作に「絞首刑」(講談社)「日本会議の正体」(平凡社)など。最新刊は「暗黒のスキャンダル国家」(河出書房新社)。