批判だけでは何も生まれない 自民と対峙する国家像を示せ

輿石東・元参院副議長
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輿石東氏=岡本同世撮影
輿石東氏=岡本同世撮影

 7年8カ月という最長を記録した安倍政権。経済の復調、外交での日本の存在感向上など評価すべきところはあるが、ここまで政権が長く続いた最大の理由の一つは、野党が政権交代の選択肢になり得なかったことだ。

 政治には緊張感とバランスが必要となる。衆院選に小選挙区制が導入されたのは、拮抗(きっこう)した2大政党でしのぎを削り、政権交代が起きやすいようにするためだった。しかし、野党はバラバラで「安倍1強」「1強多弱」と呼ばれる状況を生み出し、政治から緊張感もバランスも失われた。政権が長くなれば、おごりや緩みが出てきて腐敗する。安倍政権も後半は、森友・加計問題や閣僚の不祥事など問題が続いた。だが、代わりうる政治勢力はない。国民は消極的に支持してきたという側面は強くあるだろう。

 安倍晋三前首相が辞意を表明し菅義偉新首相が誕生する裏で、旧立憲民主党と旧国民民主党が解党して合流、無所属議員も加わって新しい立憲民主党が誕生した。バラバラだった野党が150人規模の大きな一つの塊になり、自公政権に挑める態勢となったのは前進ではある。しかし、この「合流」には、2009年の旧民主党による政権交代の時のような国民の高揚感や期待感はまるでない。国民からは「数あわせの離合集散の繰り返し」「…

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輿石東

元参院副議長

1936年生まれ。小学校教員、山梨県教職員組合執行委員長などを経て、90年衆院選に社会党から立候補し、初当選。98年には参院選山梨選挙区にくら替え出馬し、当選後民主党入り。党参院国対委員長、参院幹事長を歴任。2006~13年には党参院議員会長を務め、参院のドンと呼ばれた。野田政権下では党幹事長も兼任。16年政界引退。