世界時空旅行

ハーメルンの子供たちはどこへ消えた? 史実だった中世ドイツの「笛吹き男」

篠田航一・外信部記者
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夏のハーメルンで上演される笛吹き男の野外劇。上演後、ネズミに扮(ふん)した子供たちを引き連れて、笛吹き男が市内を練り歩く=2012年8月、篠田航一撮影
夏のハーメルンで上演される笛吹き男の野外劇。上演後、ネズミに扮(ふん)した子供たちを引き連れて、笛吹き男が市内を練り歩く=2012年8月、篠田航一撮影

 メルヘンの国・ドイツの童話は結構残酷だ。「ヘンゼルとグレーテル」の魔女は最後にかまで焼き殺される。「赤ずきん」では、オオカミがおなかに石を詰められて死ぬ。日本では子供向けにやさしく改変されているものもあるが、本場ドイツの物語は容赦ない描写であふれている。

 こうした童話や民間伝承の中で、少し異質の怖さを感じさせる話がある。それが「ハーメルンの笛吹き男」だ。グリム兄弟の「ドイツ伝説集」(「童話集」とは別作品)の中にも収められており、ドイツ西部に古くから伝わる民間伝承である。ハーメルンに現れた1人の男が、130人の子供たちをどこかへ連れ去ったという内容だ。

 この話、不気味だがどこか人をとらえて離さない魅力がある。その理由としては、これがただの作り話ではなく、実際に起きた史実の可能性が高いこともあるだろう。日本でも阿部謹也氏の「ハーメルンの笛吹き男」(ちくま文庫)で集団失踪の背景が研究され、ドイツ中世史のミステリーとして人気のある研究テーマとなっている。

 私は2011~15年の4年間、ベルリン特派員としてドイツに赴任していた時、この謎に夢中になってしまった。舞台は中世。このコラムでは当時取材した専門家らの話も交えて背景を考察し、しばし時空の旅に出てみたい。

 「ハーメルンの笛吹き男」。ストーリーを簡単に記すと以下の通りだ。短いのでざっと一読していただきたい。

 昔、ドイツ西部ハーメルンの町はネズミの大群に悩んでいた。そこに笛を持った男が現れ、市民に「私がネズミを退治するので、報酬をもらいたい」と申し出た。市民はこの申し出を受けた。すると男は笛を吹き始めた。不思議なことに、この笛の音に誘われ、町中のネズミが男の後をゾロゾロと追ってきた。男が川に入ると、ネズミも後を追って川に飛び込んだ。こうして大量のネズミは溺れ死に、退治することができた。市民は喜んだが金を払うのが急に惜しくなり、男に報酬を渡さなかった。男は怒った。夜になり再び笛を吹いた。その音に引き寄せられ、今度は町の子供たちが皆、ぞろぞろと男の後についてきた。男は子供たちを連れ去り、どこかへ行ってしまった……。

 確かに薄気味悪いストーリーだが、一方で少し似たような構成の昔話を日本でも聞いたことがないだろうか。

 たとえば「浦島太郎」。開けてはいけないと言われた玉手箱を開けた浦島太郎は、あっという間に老人になってしまう。「鶴の恩返し」では、娘から機を織る部屋の中を見ないでほしいと念押しされたのに、おじいさんは結局のぞいてしまい、本当は鶴だった娘は家を去ってしまう。

 いずれも約束を破ったために切ない結末を迎える構成になっている。「笛吹き男」もこれと似ていて、結局は「約束はきちんと守ろう」という教訓説話のように聞こえる。

 だがこの話、実はほぼ史実とみられているのだ。

 ハーメルン市の記録文書には長年、「キリスト生誕後の1284年、130人の子供たちが笛吹き男に連れ去られ、コッペンで消えた」との記述が残っていたことをグリム兄弟が紹介している。この「コッペン」については後述する。

 子供たちは本当に消えたのか?

 子供たちの失踪を伝える最古の記録とされているのは、ハ…

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篠田航一

外信部記者

 1973年東京都生まれ。97年入社。甲府支局、東京社会部、ベルリン特派員、青森支局次長、カイロ特派員などを経て現職。著書に「ナチスの財宝」(講談社現代新書)、「ヒトラーとUFO~謎と都市伝説の国ドイツ」(平凡社新書)、「盗まれたエジプト文明~ナイル5000年の墓泥棒」(文春新書)。共著に「独仏『原発』二つの選択」(筑摩選書)。