Social Good Opinion

デジタルネイティブな私たちがいま必要な、他者も自分もいたわる想像力

若林碧子・早稲田大学文学部教育学コース4年
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若林碧子さん
若林碧子さん

 胸がぎゅっと苦しくなって、「なぜ」とやり場のない憤りを感じてしまう。児童虐待のニュースを見て、そんなふうに感じたことはありませんか?

 2018年、東京都目黒区で起こった5歳の少女、結愛(ゆあ)ちゃんの虐待死事件。結愛ちゃんが書いた作文は多くの人に衝撃と哀れみの念を覚えさせました。この事件について、テレビやマスコミではひっきりなしに報道がされ、SNSでも多くの個人が発言しました。

 事件の残酷さをセンセーショナルに伝える報道や、保護者や児童保護に関わる機関を激しく非難する声が多くありました。そして今もなお、児童虐待に関わるニュースの多くには同じような反応があります。

 しかし、加害側や児童保護に関わる機関を責めたてることは本当に社会を良い方向に変えるのでしょうか。かえって、保護者が誰かに相談することをためらわせたり、児童保護機関の従事者らを疲弊させたりしてしまわないでしょうか。そのような反応は、本当に困っている人のことをより見えにくくしてしまっていないでしょうか。

 私はそのような分断を生むのではなく誰かをエンパワーメントできるような広報を、と考えいくつかの団体で広報担当として活動をしています。

必要なのは他者の背景を想像する力

 私が活動をしている認定NPO法人PIECESでは、貧困・虐待・いじめなどで学校や地域から孤立した子どもたちに寄り添う大人を増やす活動を行なっています。6カ月間のプログラムの中で子どもと関わる基礎を学んだり、自身の子どもとの関わりを丁寧に見つめ直したりする中で、子どもが孤立しない地域をつくる一人一人の「市民性」を醸成しています。

 私がこのプログラムを受講して、そして広報ファンドレイズ担当として活動をする中で得た最も大きな学び、そして大切にしていることは「相手と自分の願いに耳を傾ける」ことです。

 目の前の子どもの行動の背景には、どんな正義があって、どんな願いがあったのかと想像する。そうすると困りごととして見えていた出来事が、もっと他の理由があって生まれていたと分かることがあります。

 これは、子どもに対する時だけに言えることではありません。みなさんは、ちょっと困ったなと感じる人、白い目を向けられがちな人、そんな人に対してどんな目線を向けているでしょうか。

 例えば、最近ミスばかりする部下がいたとします。一度立ち止まって相手への想像力を働かせてみると、どんなことが想像できるでしょうか。

 「ミスはあの人のコントロールの範囲外にあることが原因なのかも」

 「もしかしたらプライベートでよくないことがあったのかも」

 そんなふうに考えることができたら、次に起こす行動は叱責ではなく、「どうしたの?」と声をかけることかもしれないし、部下の仲間に何かあったのか聞いてみることかもしれません。想像力は行動を変える力があると私は思っています。

 そしていらだったり困惑したりした自分の感情にもまた、何かしらの価値観や自分自身の願いがあったはずです。それは自分自身の正義や思いを見つめることができるとても大切な感情なので、どんな感情であったとしても責めることなく大切にしてほしいと思います。

あなたも私も大切だから、大事にしたいこと。

 冒頭であげた児童虐待も、加害側を擁護するわけではないですが、そうなってしまった背景には貧困やこうあるべきだという社会からの重圧があったかもしれません。虐待を生み出している社会構造を作っている私たちは、無関係な他人なのでしょうか。

 また自分が感じた哀れみや憤り、悲しさといった感情の背景には、「こうあるべきだ」という理想や自分自身の経験などが関わっているかもしれません。

 ですからみなさんには、情報をシェアする前に、目の前の人に疲れてしまう前に、一度立ち止まって想像することから始めてみてほしいです。そして自分自身に対しても、どんな感情でも大切にされるべきものとして丁寧に受け止めてあげてください。

情報をシェアする前に、立ち止まり想像する

 「識字憂患」

 「人生、字を識(し)るは憂患の始め」。

 中国北宋の政治家・文豪であった蘇軾(そしょく)の言葉です。人は文学を学び、書物に触れることで悩んだり苦しんだりしてしまう。だから人は無知であった方がずっと楽なのに!という意味です。

 今の時代、私たちは簡単に情報を得られます。知ってしまわなかったら考えずにいられて楽なのに。知らなかったら行動を起こせない罪悪感がなくて済んだのに。今の私たちは、そんなふうに感じることが多々ありますよね。

 私は知らなければ楽だったのに、知ってしまった以上向き合わないことは道徳に反する、そんな気がしてならないのです。

 ショッキングな記事、エモーショナルに演出された物語、そういったものは拡散力があります。反対に、このような丁寧に物事を受け止め冷静で論理的な文章は遠くまで届かない。だからこそ、もし自分が不安を過度にあおるようなニュースを目にしたら、一度立ち止まって本当のことを調べたり、想像力を働かせたりして、優しさが広がる言葉に紡ぎ直してほしいです。

 私は、小さな団体の広報ファンドレイズを担当しながら、そのジレンマにこれからも立ち向かっていきたいと思います。

社会を変えていくのは一人ひとりの想像力と小さな行動

 ソーシャルグッドな活動を行う若者たちが寄稿するこのSocial Good Opinion。

 ここには自分で団体を立ち上げたり、海外で活動をしたりするいわゆるZ世代のリーダー的存在の学生たちが記した言葉が並んでいます。

 そんな中、私は起業をしたり、何かの代表をしたり、といったキャリアはありません。これまで組織を支える人として国際協力NGO、国内子ども福祉系NPO、ソーシャルベンチャー企業などで広報や寄付を集めるファンドレイズといったことをしてきました。

 決してトップを走り続けるリーダー気質ではない私が語れることは、誰かのことを思って社会を変えようとしている人たちは案外たくさんいて、一人一人が持つ力を信じているということです。

 社会を思った行動の小さなかけらを集めたら、社会はちょっとずつよくなっていくはず。そんな甘い夢を見ながら、これからも言葉を大切に、分断を生むのではなく優しさが広がっていくような発信をみなさんと一緒にしていけたらと思います。

 今月11月は虐待防止月間です。PIECESではセンセーショナルなニュースの受け止め方、発信の具体的な方法を記事にしました。そちらもよかったらのぞいてみてください。

若林碧子

早稲田大学文学部教育学コース4年

 1998年生まれ。宮城県出身。早稲田大学文学部教育学コース4年。大学1年次から約2年間、国際協力NGO「e-Education」で広報ファンドレイズインターンを経験。現在は国内の子どもに関わる「認定NPO法人PIECES」で広報ファンドレイズ、ブロックチェーン技術を用いて個人の社会貢献度を可視化するアプリ「actcoin」で広報を担当。2020年大学を休学しネパールへ渡航。ネパールではノマドワーカーとして上記2組織で働く。大学では教育学を専修しながら、学童保育所でのボランティアなど実践を通じて教育福祉を学ぶ。