麗しの島から

国家安全維持法施行から5カ月 香港はどこへ向かうのか

福岡静哉・台北特派員
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「光復香港 時代革命」(香港を取り戻せ 革命の時だ)と記した旗を振る若者たち=香港中文大で2019年9月2日、福岡静哉撮影
「光復香港 時代革命」(香港を取り戻せ 革命の時だ)と記した旗を振る若者たち=香港中文大で2019年9月2日、福岡静哉撮影

 香港では2019年に政府への抗議活動が大規模化した後、若い世代を中心に「本土主義」と呼ばれる考え方が広がった。ここでいう「本土」には「古里」や「地元」といった意味があり、中国本土ではなく香港を指す。香港を中国とは全く別の場所ととらえ、香港の独自性や価値観を守り、香港の利益を最優先する「香港ファースト」の考え方だ。このため本土主義は「反中国」の色彩を帯びやすい。

 排外的で過激なイメージから、かつては民主化運動の傍流だったこの考え方が広く支持されるようになったのは、19年に本格化した、香港で拘束した容疑者を中国当局に引き渡せるようにする「逃亡犯条例改正案」への反対運動がきっかけだった。ある若者は香港の「中国化」を進める中国政府の統制強化について「異民族が大切な我が家に侵入し、支配している感覚だ」とまで表現した。デモ参加者への取材などを通じて私は、新世代で裾野を広げる本土主義の行方が、香港の未来を占う一つの鍵になると感じている。

本土主義の芽生え

 香港は、中国での国共内戦や1949年の新中国建国後の混乱を逃れてきた移民やその子孫が人口の多くを占める。このため高齢者には「中国人」意識がある人が少なくない。その後、香港生まれの人が増える中で「香港人」としてのアイデンティティーが社会に広がってきた。その過程で芽生えてきたのが本土主義だ。英語では「Localism」(ローカリズム)と表現する。

 本土主義が明確な社会運動となったのは00年代半ばと言われている。当時、香港各地で再開発に伴う古い建物の取り壊し計画が進んだのに対し、保存するよう求める運動が起きた。香港人に共通する記憶を呼び覚ます建物、文化財や自然に新たな価値が見いだされ、「集体記憶」(社会共通の記憶)というスローガンが掲げられた。古い住宅群、漁村、農村など保存運動の対象は多岐にわたり、「本土行動」という名の市民団体も発足した。10年代には本土主義を重視する人たちの呼称として「本土派」が定着していく。

 だが、一部で排外主義的な勢力…

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福岡静哉

台北特派員

1978年和歌山県生まれ。2001年入社。久留米支局、鹿児島支局、政治部などを経て2017年4月、台北に赴任した。香港、マカオのニュースもカバーする。