Social Good Opinion

「知的障害」と「アート」が生み出す、新しい境界線

西野彩紀・株式会社ヘラルボニー アートライセンスディレクター
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西野彩紀さん=佐々木めばえさん撮影
西野彩紀さん=佐々木めばえさん撮影

 「健常者」と「知的障害者」。そこにある境界線に、あなたはどんなイメージを持つだろうか。

 私は大学生になるまで、福祉の世界にはあまり関心がなかった。学生の時から、貧困や紛争などのテーマには関心があった。高校生の時は、児童労働の問題に取り組むNPOで活動し、大学ではナショナリズムと紛争について学んだ。大学卒業後は大学院に進み、さらに学問を深めたいと思っていた。

 しかし今、社会人になって、知的障害のあるアーティストの作品を軸に、「障害」のイメージ変容に挑戦するスタートアップで働いている。

 きっかけは、大学生の時に留学をしたことだった。自分が育った環境から離れて、どんな世界で生きてきたのか、客観的にみることができた。そこで初めて、自分の価値観には、家族の存在が大きく影響しているかもしれないと思うようになった。

 私の妹には、知的障害がある。ドラべ症候群というてんかんの一種で、小さい頃はよく発作をおこし、入院していた。妹がいたから、小さい頃から知的障害のある人は周りにたくさんいたように思うし、社会が妹をどうみるか、と、自分が妹をどうみるか、には乖離(かいり)があることに違和感もあった。

 妹には障害があるが、私にとって妹は「障害者」ではない。血液型が違うように、障害も違いの一つでしかなく、それ以外に私と妹を区別する点はたくさんあった。でも家族以外の多くの人からみた私と妹の一番の違いは、「障害」があるかどうか、だった(と思う)。

 その違和感をもっと知りたいと思って、妹の周りの世界について調べてみると、いろいろな課題があることがわかった。妹は就労継続支援B型の施設で働いているが、全国の就労継続支援B型施設の平均賃金は、月額1万6118円だ(厚生労働省「2018年度工賃(賃金)の実績について」)。

 今は実家暮らしの妹も、いつかは親元を離れて生活するときがくる。しかし、知的障害のある人が暮らすグループホームは数が限られており、どこも定員オーバーで、なかなか見つからない。

 課題が多くて、どれが解決されるべきなのかは分からなかったが、私はその状況に漠然とした大きな不安を覚えたし、何か行動したいと思った。そんな時に出会ったのが、今働いている会社「ヘラルボニー」だった。

福祉実験ユニット 「ヘラルボニー」

ヘラルボニー
ヘラルボニー

 株式会社ヘラルボニーは、「異彩を、放て。」をミッションに掲げる福祉実験ユニット。福祉を起点に新たな文化を創ることを目指している。日本全国の知的障害のある作家とアートライセンス契約を結び、約2000点のアート作品をデータ化。そのアートデータを軸に、アートライフブランド「HERALBONY」(https://www.heralbony.com/ )や、建設現場の仮囲いに知的障害のある作家が描くアート作品を転用する「全日本仮囲いアートミュージアム」などを運営している。

Kumo Takedaさん撮影
Kumo Takedaさん撮影

 私はヘラルボニーの中で、アートライセンスの事業を担当し、企業やブランドにアートデータを使って商品をつくっていただくときのやりとりや、福祉施設との連携などを担当している。

 ヘラルボニーを通して出会ったアーティストは本当に独創的だった。自分の作品の上に、まるで本当の話であるかのような物語を書く人(物語の中には作家自身も、浦島太郎も、バッハも登場するし、作家いわく、皆、飲み友達らしい)や、画用紙にクレヨンを擦り付けて描くから、作品がとても重くなる人、雑誌の隙間(すきま)を自分の名前で埋め尽くす人。

 知的障害のある人の中には、言葉でのコミュニケーションが難しい人もいる。私の妹も、その日あったことを短い一文で伝えることはするが、一つのストーリーのようにその日の出来事を語ることはしない。

 知的障害のあるアーティストの作品がおもしろいのは、創作活動や、できあがった作品を通して、その人がどのように世界をみているのか、想像する時にあると思う。太陽を描いた作品の背景が真っ黒だったり、オレンジ色の作品のタイトルが「雨」だったり、この人にはどんな世界がみえているのだろう、と想像することは、全く予想がつかない世界に足を踏み入れたようで、本当におもしろい。

橋本美花さん撮影
橋本美花さん撮影

 ヘラルボニーが目指す世界は、「知的障害」という言葉が「欠落」ではなく「個性」や「違い」としてイメージされる社会である。障害は個人に帰属するものではなく、それを障害にする社会に問題があるという考え方(障害の社会モデル)も唱えられているが、私たちも「障害者」という言葉が違和感なく使用されている社会に疑問をもち、昨年、「この国のいちばんの障害は『障害者』という言葉だ。」というメッセージを発信した。

 知的障害があるからこそ描ける世界があると思ったとき、知的障害は欠落ではなくなる。その時、社会にある「障害者」「健常者」という境界線は、また違う意味をもった境界線になっているかもしれない。

西野彩紀

株式会社ヘラルボニー アートライセンスディレクター

 1995年生まれ。国際基督教大学卒。株式会社ヘラルボニー アートライセンスディレクター。妹に知的障害があることがきっかけで、知的障害のある人が描くアート作品に興味を持ち、大学在学中に、ヘラルボニーにジョイン。現在はアート作品のライセンス展開、福祉施設との連携等を担当している。