世界時空旅行

毒ガスをつくった男、フリッツ・ハーバーの数奇な人生

篠田航一・外信部記者
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ベルギー西部イーペルの草原に建ち並ぶ戦没者の墓。深紅の花が墓石周辺に咲いていた=2014年6月、篠田航一撮影
ベルギー西部イーペルの草原に建ち並ぶ戦没者の墓。深紅の花が墓石周辺に咲いていた=2014年6月、篠田航一撮影

 フランスとの国境に近い人口4万人ほどの小さな町、ベルギー西部のイーペルには、一つの言い伝えがある。多くの血を吸った大地には真っ赤な花が咲くという。この町を訪れた時、確かに驚いた。戦没者の白い墓石が並ぶ草原には、あまりに鮮やかな深紅のバラやポピーが咲いていたからだ。

 この町は今、3年に1度開かれる「ネコ祭り」で有名だ。世界各地からネコ好きが集い、ネコの仮装をして楽しむ。中世に毛織物産業で栄えたイーペルでは、商品をネズミに荒らされないように飼っていたネコが繁殖しすぎてしまい、後にネコを駆除した歴史がある。この悲しい過去を忘れないために行われているイベントという。

 だが最初にイーペルを世界的に有名にしたのは、1914年に始まった第一次世界大戦である。ここは史上初めて本格的な毒ガス戦の舞台となった町なのだ。催涙ガス弾などはそれまでにも使われていたが、ドイツ軍はイーペルの草原で15年4月22日、致死性の高い大量殺傷用ガスを初めて用いた。人の粘膜を破壊し、呼吸困難などに陥れて殺害する塩素ガスである。これをきっかけに、ドイツ軍に限らず英仏など連合国側もたがが外れたように化学兵器を使い始める。双方はホスゲンなど新種の兵器を次々に投入。第一次大戦での毒ガスによる死者は約10万人に上り、市民も含む100万人以上が負傷したといわれている。

 「第一次大戦から100年を過ぎても、イーペルではまだ発見されるものがあります。何か分かりますか」。大戦開始から100年の節目だった2014年に私がイーペルを訪れた際、戦場跡を案内するガイドをしていたアンドレ・シャウブレクさんが兵士の墓の前で問いかけてきた。「骨です。毎年、当時の兵士の遺骨が必ずどこかから見つかるんですよ。でも多くは身元が特定できないまま埋葬されてしまいますけどね」

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篠田航一

外信部記者

 1973年東京都生まれ。97年入社。甲府支局、東京社会部、ベルリン特派員、青森支局次長、カイロ特派員などを経て現職。著書に「ナチスの財宝」(講談社現代新書)、「ヒトラーとUFO~謎と都市伝説の国ドイツ」(平凡社新書)、「盗まれたエジプト文明~ナイル5000年の墓泥棒」(文春新書)。共著に「独仏『原発』二つの選択」(筑摩選書)。