
中東に「クルド人」という人々がいる。国際ニュースに度々登場する民族なので、一度は耳にした人も多いだろう。その数は3000万人くらいと言われている。それだけで十分に一つの国を作ってもおかしくない規模だが、クルド人は国を持っておらず、イラクやシリア、トルコなどの山岳地帯に国境をまたいで住んでいる。
「山だけが友達だ」。クルドの人々にはそんなことわざも伝わる。確かに彼らの居住地を訪れると見事に山だらけだ。今回は、そんな山の中で取材した一つの物語を紹介したい。前回のコラム<毒ガスをつくった男、フリッツ・ハーバーの数奇な人生>同様、「毒ガス」に関する話である。
中東の紛争現場を取材していると「大国は身勝手だなあ」と思うことがしばしばある。それが国際政治の現実と言われればそれまでだが、イラク北部クルド自治区で取材したこの話にはとりわけ嘆息してしまう。今回の時空旅行の舞台はイラン・イラク戦争(1980~88年)だ。
毒ガスはなぜ投下されたのか
「国を持たない世界最大の民族」と呼ばれるクルド人。その多くはイスラム教スンニ派で、少数ながらキリスト教徒やユダヤ教徒もいる。かつては大半がオスマン帝国領に住んでいたが、第一次世界大戦後の帝国解体により住む地域も分断された。
彼らは少数民族として度々弾圧されてきた歴史がある。中でも語り継がれているのが、88年3月16日に起きた「ハラブジャの悲劇」である。イラクのクルド住民約5000人が、当時のサダム・フセイン政権に化学兵器で殺害された事件だ。素朴な疑問もわく。フセイン政権はなぜ敵国…
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篠田航一
ロンドン支局長
1997年入社。甲府支局、東京社会部、ベルリン特派員、青森支局次長、カイロ特派員などを経て現職。著書に「ナチスの財宝」(講談社現代新書)、「ヒトラーとUFO~謎と都市伝説の国ドイツ」(平凡社新書)、「盗まれたエジプト文明~ナイル5000年の墓泥棒」(文春新書)。共著に「独仏『原発』二つの選択」(筑摩選書)。