記者コラム 「激変」自衛隊本シリーズ フォロー

1 河野克俊著「統合幕僚長 我がリーダーの心得」<下>

滝野隆浩・社会部専門編集委員
米海軍の空母キティホーク(左)の隊列の最後尾につき東京湾を出る護衛艦=2001年9月21日午後8時半、須賀川理撮影
米海軍の空母キティホーク(左)の隊列の最後尾につき東京湾を出る護衛艦=2001年9月21日午後8時半、須賀川理撮影

 冷戦崩壊後、唯一の超大国、米国により世界の秩序は安定するかにみえたものの、民族紛争やテロは頻発するようになり、日本周辺の安全保障環境はむしろ厳しさを増した。それに伴い、自衛隊にはPKО(国連平和維持活動)など新しい任務が次々と付与されたことは前回触れた。そうして国民の肯定的な認知も広がり、自衛隊内部では「自衛隊10年転機説」が言われるようになったが、これは実は河野さんが提唱した。今回の取材で、河野さん自身が認めた。次のような着眼である。

 (1) 1991年 ペルシア湾への掃海艇派遣 (初の海外派遣)

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社会部専門編集委員

1983年入社。甲府支局、社会部、サンデー毎日編集部、夕刊編集部副部長、前橋支局長などを経て、社会部専門編集委員。現在、コラム「掃苔記」を連載中。人生最終盤の緩和医療・ケア、ホスピスから死後の葬儀、墓問題までを「死周期」として取材している。さらに家族問題のほか、防衛大学校卒の記者として自衛隊をテーマにした著書も多数。著書に「宮崎勤精神鑑定書」「自衛隊指揮官」「沈黙の自衛隊」「自衛隊のリアル」「これからの葬儀の話をしよう」などがある。