ウェストエンドから

英国に見る「高福祉社会」の後退と新型コロナ感染拡大の関係

服部正法・欧州総局長
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「医療従事者を守れ」と書かれたプラカードを掲げて首相官邸前で抗議するミーナル・ビズさん=ロンドンで2020年4月19日、AP
「医療従事者を守れ」と書かれたプラカードを掲げて首相官邸前で抗議するミーナル・ビズさん=ロンドンで2020年4月19日、AP

 新型コロナウイルスの感染で、英国が世界的に見ても甚大な被害を出しているのは、日本でも周知の通りだろう。人口は日本の半分の約6700万人だが、累積の感染者数は350万人超、死者数は約9万人超となり、いずれも世界で5番目。西欧で最も感染が拡大した国となった。また、流行の「第2波」で、従来株より感染力が強い変異株が英国で確認され、ロンドンでは2020年12月末から21年1月上旬にかけて、30人に1人が感染状態と試算される状況となった。

 英国は米国と並び、感染症に対応する公衆衛生学の発展に大きく寄与してきた国である。そんな英国で、なぜこれほど感染が広がり、多くの死者を出す結果となったのか。20年春の流行の「第1波」時の状況を探っていくと、第2次大戦後に達成し、英国民が誇ってきた高福祉社会の後退との関連が浮かび上がる。

抗議に立ち上がった女性医師

 「ウイルスが(英国に)到達するまでに準備する時間があったから、政府には(有効な)計画があるだろうと思っていた」

 国営の医療システムとして運営されている「国民医療サービス」(NHS)のイングランドの病院で勤務してきた女性医師、ミーナル・ビズさん(27)は20年11月、ウェブ会議システム「Zoom」による私のインタビューに応じ、英国で新型コロナの最初の感染者が確認された直後の20年2月初旬ごろの心境を、そう振り返った。

 しかし、事態は彼女の思わぬ方向に動いていった。

 コロナ対応には当初、重大な感染症対策に用いる「フル装備」の防護具の着用が必要とされていたが、急に簡易のプラスチック製エプロンなどで対応するよう病院側から求められるようになっていったという。「未知のウイルスには完全防護で対応すべきなのに、おかしい」。ビズさんはそう思った。

 このころ、公衆衛生当局が医療現場で使用すべき防護具の指針を変更していた。当局はその関連を認めないが、多くの医療関係者が防護具の「基準緩和」が、そのストック不足から来ていると疑った。

 実際に現場ではさまざまな物が不足していた。「消費期限が2016年のマスクを使う羽目になった。『政府が大量のマスクを入手した』という話が流れ、良かったと思っていると3日後には(供給されても再び)マスクがなくなって、元の状況に戻った」。そう語るビズさんは、救急部門に勤務しており、自分の身を守れないという不安を募らせていた。

 そんな中、各地の病院で医師や看護師らが新型コロナに感染して死亡するニュースが入ってきた。「どんな対策を持っているのか、なぜこんな事態が起きているのか」。病院側に尋ねても納得できる答えはなく、逆に「混乱」について他言しないように言われたという。

 4月中旬、別の病院で妊娠中の28歳の看護師が感染して死亡したとの知らせを聞いた。そのころビズさん自身も妊娠中だった。「死ぬのは自分だったかもしれない」。そう思ったビズさんは、彼女の死を無駄にはできないと感じ、大きな決断をした…

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服部正法

欧州総局長

1970年生まれ。99年、毎日新聞入社。奈良支局、大阪社会部、大津支局などを経て、2012年4月~16年3月、ヨハネスブルク支局長、アフリカ特派員として49カ国を担当する。19年4月から現職。著書に「ジハード大陸:テロ最前線のアフリカを行く」(白水社)。