選択的夫婦別姓を阻む者たちへ

青木理・ジャーナリスト
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青木理氏=長谷川直亮撮影
青木理氏=長谷川直亮撮影

 世の中には多種多様な考えや価値観がある。極論すれば全個人の考えや価値観が完全に同一なわけがないから、人の数だけ多様で多彩な考えや価値観が存在するともいえる。

 少なくとも自由な民主主義社会において私たちは、その考えや価値観を羽ばたかせることができる。一方で他の人びとの考えや価値観を不当に侵してはならない。もちろん、その考えや価値観に基づく行為等が周囲に不利益や害悪を与える場合、民主的手続きにのっとった利害の調整や法的な規制などは必要となるが、そうでないケースで他人の考えや価値観を否定したり、押しつぶしたり、ましてや自分の考えや価値観を強要することは許されない。ことに政治がそれを行った場合、重大な自由の抑圧、人権の侵害として見過ごしにできない。

 では、このテーマはどうだろうか。選択的夫妻別姓制度の導入をめぐる是非論である。

実生活に不都合が生じる人も

 すでに各所で解説されているから制度の中身は概略を記すにとどめるが、この国は婚姻したカップルに同姓(夫または妻の氏)を称するよう民法(750条)が定めてきた。そして厚生労働省の人口動態調査によれば、婚姻時に夫の姓を選ぶカップルが全体の約96%に達する。つまり女性の大半が婚姻とともに改姓を(事実上)強いられている。

 それになんの痛痒(つうよう)も抱かない人びとはいるし、むしろ積極的に容認している人びともいる。他方、これは自己の考えや価値観と相いれないと訴えている人びとがいる。いや、それどころか実生活に不都合が生じていると訴えている人びともいる。たしかに氏名というアイデンティティーの変更を迫られることで職業上、社会上の不都合がさまざま生じることは容易に想像がつく。これもあらためて詳述しないが、具体的な事例も以前から数々指摘されてきた。

 ならば民法を改正し、そうした人びとはそれぞれの旧姓を称することができるようにすればいい。それが選択的夫妻別姓制。とはいっても、あくまでも「選択的」な制度にすぎないから、従来どおりに同姓を望むカップルは変わらずに同姓を選びとればいい。

 はっきりいって、ただそれだけのこと。別姓を選ぶ人びとがいるからといって誰に迷惑をかけることもなく、たとえば同姓を選ぶ人びとにだってなんらの不利益も害悪も及ぼさない。

自称「保守」勢力の…

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青木理

ジャーナリスト

1966年生まれ。共同通信社会部、外信部、ソウル特派員などを経て、2006年よりフリーとして活動。主な著作に「絞首刑」(講談社)「日本会議の正体」(平凡社)など。最新刊は「暗黒のスキャンダル国家」(河出書房新社)。