「言論の自由」守るため、ネットの「自由な言論」をどうするか

山田健太・専修大学文学部ジャーナリズム学科教授(言論法)
  • 文字
  • 印刷
山田健太氏
山田健太氏

 2020年夏以降、SNS投稿をきっかけとしたとみられる死亡事件を契機に、インターネット上の誹謗(ひぼう)中傷を取り締まるべきだという声が急速に強まった。もちろん、その前からネット検索の前歴表示やヘイトスピーチなどに対して訴訟が起こされてきたし、実際、いくつかの事案では発信者やプラットフォーム事業者に賠償や削除措置を命じる判決も出てはきている。しかしその手間や費用が膨大であるなど、被害者救済が不十分だという認識は一定程度社会に広まってきていたといえるだろう。

 しかし一方で、SNSの手軽さや自由さがゆえに、多様な言論が生まれてもいるし、最近ではツイッターデモといった言葉も生まれるなど、社会を動かす力にもなりえている。まさに、市民にとって時の権力や大企業など、大きな存在に対し対抗する新たな手段として、極めて有効なものとしても存在している。しかも一度手にした、世界に向けての発信力は、もう手放すことはできまい。

 その自由さと自由さゆえの危険性を、どうバランスをとっていくのかは、まさにいまの私たちに課せられた、必ず早急に解決しなければならない大きな課題である。ここでは、法制度上の取り組みを中心に、その現状と課題をまとめてみた。

 参照 毎日新聞2021年2月2日付大治朋子記者執筆<火論 SNS中傷対策と懸念>

サイバースペース規制の特性

 サイバースペース(インターネット上)の表現規制の特徴の一つは、リアル社会では「違法」なコンテンツ(内容)とアクセス(探知行為)を禁止するのに対し、一段階広げて、「有害コンテンツ」や「不正(迷惑)アクセス」まで取り締まることにしていることにある。それは、デジタルネットワークの特性である、瞬時に幅広く拡散するだけに被害が甚大・深刻になりやすいことに対する対抗策であった。1990年代後半以降、日本も含め多くの国において一般的な方法としてとられてきたといえよう。

 ただし表現規制であることではリアル社会と変わりなく、規制をするにあたっては注意深さが必要だ。ネットの世界においてリアル社会より広範に網をかける制度にもかかわらず、リアル社会と同じような運用をすれば、当然ながらより広い範囲に表現規制をかけることになるからだ。しかも、違法でなく有害や不正といった、より緩やかな基準で規制がかかるだけに、必要以上に表現の自由を抑え込むことにつながりかねない。

 もう一つのネット規制のポイントは、プロバイダーの位置づけだ。従来、情報の仲介者である、書店や印刷会社等は、内容不可侵が絶対条件だった。それは逆にいえば、中身に踏み込まないことで、責任を負わないこととの裏表の関係でもある。憲法でも、通信の秘密が定められていて、通信事業者が、その流通するコンテンツをチェックすることは、憲法上ご法度だ。しかし一方で、発信者が匿名性に守られて、好き勝手な情報発信をすることに対し、何らかの歯止めが必要で、そのために生まれた制度がプロバイダー責任(制限)法(略称「プロ責法」)だ。

 そこでは、違法なコンテンツとの指摘があった場合、プロバイダーは発信者に削除要求をすること、請求者に発信者の氏名等を開示してもよいか問い合わせること――を義務化している。ただしどちらも、「請求者と発信者をつなぐ役割」であって、削除や開示が義務付けられているわけではないし、発信者が拒否した場合には削除や開示をしなくても、その表現内容に責任を負う必要はないことが定められている(それゆえ「責任制限」法である)。

 そうしたなかで、SNSの普及でより情報発信が手軽になるにつれ、一層のネット被害が生まれ、時にそれはより深刻化する事態にもなっている。その典型例が木村花さんが死去した事案でもあるし、ツイッターやフェイスブックなどが「暴力の扇動」を理由にトランプ前米大統領のアカウントを停止した事案でもあろう。そうした状況のなかで、グーグルなどGAFAを中心にプラットフォーム事業者の力が巨大化しているだけに、彼らの社会的責任を問う声が強まっている。これに対する対処策は、多くの国で共通であって大きくは以下の通りだ。

 ・いち早く問題コンテンツを発見する

 ・発信を顕名化することで、発信者に責任を問いやすくする

 ・それが無…

この記事は有料記事です。

残り4147文字(全文5900文字)

山田健太

専修大学文学部ジャーナリズム学科教授(言論法)

1959年生まれ。世田谷区情報公開・個人情報保護審議会委員長、日本ペンクラブ専務理事、情報公開クリアリングハウス理事、放送批評懇談会理事、自由人権協会理事など。『法とジャーナリズム 第4版』(勁草書房)を6月に刊行予定。