中東・砂の迷宮から

二つの戦争、重なる思い 日本人が忘れていること

真野森作・カイロ特派員
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故郷アレッポを思って目に涙を浮かべるシリア難民のヒシャーム・エスカフさん=トルコ南部ガジアンテップで2020年12月7日、真野森作撮影
故郷アレッポを思って目に涙を浮かべるシリア難民のヒシャーム・エスカフさん=トルコ南部ガジアンテップで2020年12月7日、真野森作撮影

 「その携帯電話の中にあなたにとって大事な写真はありますか?」

 シリア難民をインタビューした際、何人かにこんな質問をしてみた。2020年12月、トルコ南部の都市ガジアンテップでのことだ。シリアで11年から続く内戦によって故郷を去らざるを得なくなった彼らが、何を大切に思っているのか知りたかったからだ。

 いま、世界中の多くの人にとって携帯電話は生活に必須の道具となっている。それは難民であっても例外ではない。その中には、きっと大切な記憶につながる写真が保存されているはずだ。私はそう考えた。

 シリア北西部アレッポ県出身の男性ハッサン・マルヤミーニーさん(38)が「これです」と自分のスマートフォンを示す。そこに映っていたのは何気ない住宅街だ。中央に延びる舗装道路は雨にぬれ、道路右側は黄土色の塀、左側にはコンクリート造りの家の一部が見える。道には青い旧式の自動車が止まっているだけで人影はない。

 「私の家の前を写した1枚です。故郷の町タルラファトは今、アサド政権とクルド人勢力の支配下にあり、危険で戻ることができません。もし戻れば、彼らは私を拘束することもなく殺すでしょう」。反政権活動を続けてきたマルヤミーニーさんは静かな口調で語る。

 一緒にインタビューした同郷出身の男性マフムードさん(42)も、やはり自分の家の写真を示した。窓ガラスが割れ、室内に破片が散らばっている。「私にとってこの家が一番大事なものです。夢は子供たちをあそこで育てること。すっかり破壊されているでしょうが、再建するつもりです」。きっぱりと言って画面を見つめた。

 2人は共にトルコ南部のシリア国境手前の町キリスで家族と暮らして数年になる。故郷の町まではまっすぐ南下すれば約30キロしかない。

 ガジアンテップ在住の男性ヒシャーム・エスカフさん(43)はインタビュー中、故郷の城下町アレッポを思って不意に目に涙を浮かべた。アレッポは紀元前から続くシリア北西部の歴史都市だ。追われるようにトルコへ避難して4年近くが過ぎた。「私の夢は家族を連れてアレッポに戻り、城の前でコーヒーを飲むこと。けれど、殺害される危険があるので行くことができないのです」

 帰りたいのに帰れない。紛争で故郷を追われた人たちの話を聞くうちに、私の脳裏に数年前のある記憶がよみがえった。それについては後段で述べたい。

アラブの春とシリア内戦

 「アラブの春」から10年がたった。10年12月にチュニジアで始まった市民のデモを皮切りに、エジプト、リビア、シリアなど中東各国へ広がった民主化要求運動である。当時、各国の長期独裁政権に大勢の人々が「ノー」の声を突きつけ、チュニジアやエジプトでは独裁者が退陣に追い込まれた。リビアとイエメンでも独裁者は排除されたが、泥沼の内戦に陥って今も終わりは見えない。シリアでは独裁政権は倒れなかった。

 父子2代にわたってシリアを支配するアサド政権は、国内で11年3月に始まったデモを苛烈に弾圧する手段に出た。反体制側も武器を手に取り、内戦が始まる。アサド政権軍、反体制派、イスラム過激派などが入り乱れて争う構図となった。その混乱を突いて過激派組織「イスラム国」(IS)はシリアとイラクにまたがる領域を一時占拠した。

 トルコやサウジアラビアが支援する反体制派やイスラム過激派、ISの伸長で劣勢に追い込まれていたアサド政権は、やがて息を吹き返す。戦況を決定づけたのはアサド政権を支援するロシアの軍事介入だ。15年9月、ロシア軍のシリア空爆が始まり、地上では連携するイランの革命防衛隊や民兵が攻勢に出た。アサド政権の支配エリアは見る見るうちに回復していった。

ロシアが絡む二つの紛争

 ロシアのプーチン政権がシリア介入に踏み切ったそのころ、私は特派員としてモスクワ支局に勤務していた。当時ロシアにおける最大の懸案は14年春に始まったウクライナ紛争だった。…

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真野森作

カイロ特派員

1979年生まれ。2001年入社。北海道報道部、東京社会部などを経て、13~17年にモスクワ特派員。ウクライナ危機を現場取材した。20年4月からカイロ特派員として中東・北アフリカ諸国を担当。著書に「ルポ プーチンの戦争」(筑摩選書)がある。