
クーデターには忌まわしいイメージがつきまとう。暴力や心理的恐怖を用いて国家の権力を簒奪(さんだつ)する行為だからである。
C・マラパルテは不朽の名著「クーデターの技術」を著して、ナポレオンからトロツキーさらにはヒトラーの政権奪取をとりあげ、クーデターの諸相を解き明かしてみせた。権力の座を狙う者が、民衆のためと偽って人々を暴力に駆り立て、政権を手中に収める技法が活写されている。
バイデン政権の「怒り」
この本は1930年代に書かれたのだが、マラパルテが21世紀のいま筆を執っていれば、1月6日に米連邦議会で起きた光景を新たな一章に加えたことだろう。ドナルド・トランプ大統領は選挙の結果をかたくなに認めようとせず、ホワイトハウス前に詰めかけたトランプ支持派の群衆に「連邦議事堂に行こう」と扇動したのである。折しも上下両院は合同会議を開いてジョー・バイデン氏を第46代大統領に正式に選ぼうとしていた。平和的な政権移譲を拒み続け、暴力を煽(あお)る振る舞いこそクーデターの試み以外の何ものでもない。
アメリカという国は、絶えて暴力で政治権力を奪取しようとした負の歴史を持っていない。それゆえ、民主主義のリーダーたりえてきたのである。だが、トランプという異形の政治リーダーは、この国のデモクラシーに黒々とした汚点を塗りつけてしまった。
烈(はげ)しい波浪に曝(さら)されながらもようやく船出を果たしたバイデン政権に再び大波が襲いかかっている。インドシナ半島の要衝ミャンマーで国軍が2月1日、軍事クーデターを起こしたのである。バイデン大統領、ブリンケン国務長官、キャンベル・インド太平洋調整官は、いずれもオバマ民主党政権にあって、ミャンマーの民政移管を背後から支え、アウンサンスーチー氏が主導するNLD(国民民主連盟)の政権を誕生させたことを誇らしく思っていた。
民主党政権の発足を待ち受けていたように軍事クーデターを企てるとは――バイデン政権の首脳陣は怒りを募らせた。クーデターの首謀者を槍玉(やりだま)に挙げ、ミャンマー特産のヒスイやルビーを扱う国軍系企業の在米資産を凍結する制裁措置を発動した。
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