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地下800メートルの「迷宮」で考えた 人類が制御できないもの

篠田航一・ロンドン支局長
地下約800メートルに広がるゴアレーベンの高レベル放射性廃棄物最終処分場の候補地。坑道は迷路のように枝分かれし、10キロに及んでいた=2013年7月、篠田航一撮影
地下約800メートルに広がるゴアレーベンの高レベル放射性廃棄物最終処分場の候補地。坑道は迷路のように枝分かれし、10キロに及んでいた=2013年7月、篠田航一撮影

 地下に潜る。この言葉にはどこかミステリアスで危険な響きがある。地下経済、地下人脈といえば、どれも表に出せないものばかりだ。だが私はベルリン特派員時代、ドイツで文字通り「地下に潜る」取材をしたことがある。それも地下800メートル。かなり怖かった。そこは使用済み核燃料などのいわゆる「核のゴミ」を埋める最終処分場の候補地として、地下深く掘られた場所だった。

 なぜ人類はこのような場所を必要としたのか。迷宮のような地下世界には何があったのか。東京電力福島第1原発の事故から10年の今年、核のゴミを巡る地下の旅を振り返ってみたい。

まるでSFの世界

 原子力発電で生まれる高レベル放射性廃棄物、いわゆる核のゴミをどう処分するのか。これは人類共通の課題だ。過去には海洋に沈めたり、宇宙に放出したりする案も検討されてきたが、現在は安定した地層に埋める「地層処分」を最適とする考えが世界のほぼ共通認識となっている。だが2021年春現在、実際に処分場所が決まっているのはフィンランドとスウェーデンのみだ。

 旧西ドイツは1977年、その候補地として北西部ニーダーザクセン州の過疎の村ゴアレーベンを選んだ。現在は計画が中止されており、その理由は後述するが、私はベルリン特派員時代にこの現場を見てみたいと思い、所管官庁のドイツ放射線防護庁に取材を申し込んだことがある。数カ月かかり、ようやく取材を許可されたのは13年7月。核のゴミを運び込む予定だった地下の坑道は、鉄条網で囲まれた建物の地下800~900メートルに広がっていた。

 取材には放射線防護庁の担当官らが同行した。地下に潜る直前、地上で入念な準備をする。落盤事故から身を守るため、ヘルメットをかぶり、分厚い防護服に身に包み、ずっしり重い酸素ボンベも肩から下げた。「地下深い場所では、時に不測の事態も起きます。必ず身に着けてください」。処分場管理会社のクリスチャン・イスリンガーさんからそう言われ、急に怖くなった。フランスの作家ジュール・ベルヌのSF小説「地底旅行」を子供の頃から愛読していた私は、地下への旅と聞いて少しワクワクしていたが、考えが甘いことをすぐ思い知らされた。現実の地底旅行は命の危険を伴う行為である。

 地下840メートルまでは専用のエレベーターで降下する。到着まで1分40秒。ドアが開いた。巨大なかまぼこ状のドームが目の前に広がる。道路2車線分はありそうだ。

 最初に漂ってきたのは塩の香りだ。その正体は岩塩である。蛍光灯に照らされた坑道の壁は一見、固い岩に見えるが、すべて岩塩なのだ。なめてみると確かにしょっぱい。…

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ロンドン支局長

 1997年入社。甲府支局、東京社会部、ベルリン特派員、青森支局次長、カイロ特派員などを経て現職。著書に「ナチスの財宝」(講談社現代新書)、「ヒトラーとUFO~謎と都市伝説の国ドイツ」(平凡社新書)、「盗まれたエジプト文明~ナイル5000年の墓泥棒」(文春新書)。共著に「独仏『原発』二つの選択」(筑摩選書)。