アフリカン・ライフ

駐車場で息絶えた3児の母 ジンバブエの医療崩壊

平野光芳・ヨハネスブルク支局長
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新型コロナで亡くなった人の葬儀で参列者を消毒する医療関係者=ジンバブエの首都ハラレで2021年1月15日、AP
新型コロナで亡くなった人の葬儀で参列者を消毒する医療関係者=ジンバブエの首都ハラレで2021年1月15日、AP

衝撃の動画

 1月18日、私は携帯電話のメッセージアプリに送られてきた1本の動画にくぎ付けになった。長さは1分28秒あり、こんな内容だった。

 屋外に停車していたシルバーの小型乗用車の後部座席で、20代か30代くらいの黒人女性がぐったりとしている。白いTシャツにピンク色のジャージーズボン姿で、周囲の呼びかけにも反応がない。女性のそばには黒い酸素ボンベのようなものがある。そこにマスク、ゴーグルを着けた上、全身を黄色い防護服で覆った2人が現れ、後部座席に身を乗り入れるようにして女性を抱え上げた。女性からはやはり反応がなく、2人は車の脇の担架に用意した青いビニール袋に女性をくるむ。それは遺体袋で、女性には息がないようだ。カメラの背後に別の女性がいるのか。悲鳴とも泣き声ともつかない音声が入ってきたところで映像は終了した。

 動画を送ってきたのはアフリカ南部・ジンバブエで毎日新聞の通信員として取材に協力してくれているクレメント・モンドロ(40)だ。「ジンバブエでは新型コロナウイルスに感染しても多くの人が治療を受けられず死亡している」と言う。だれがいつこの動画を撮影したのかは不明だというが、「病院にかかれずに死亡した女性」ということで、携帯電話を通じて知人らの間で拡散しているという。

 世界保健機関(WHO)によると3月8日現在、ジンバブエの公式の新型コロナの感染確認者は約3万6000人、死者は約1500人だ。人口は約1400万人なので、欧米諸国や隣国の南アフリカと比べると飛び抜けて多いわけではないが、社会や医療の基盤が貧弱なだけに不明な点も多い。この動画は数字以上に深刻な現地の実態を物語っているのではないか。私はクレメントに「動画がどういう状況で撮影されたのか、もう少し調べてほしい」と頼んだ。すると次第に深刻な医療崩壊と、ある家族の悲劇が浮かび上がってきた。クレメントからの報告などを基にリポートする。

深刻な経済危機

 日本人にとってジンバブエはあまりなじみがある国ではないので、概略を紹介しておこう。面積は約39万平方キロメートルで日本とほぼ同じ。イギリスによる植民統治を経て1980年に独立した。その独立運動で大きな役割を果たしたのがロバート・ムガベ前大統領(2019年に95歳で死去)で、独立から37年間、国を率いた。独立当初、ムガベ氏は黒人と白人の和解と融和を訴えながら経済を成長させ、特に農業では「アフリカの穀物庫」とも呼ばれるほど順調だった。ところが00年代に入り、白人農地を接収し黒人農民に分配する土地改革を行うと、欧米から制裁を受けた。数々の失政で経済が失速し、年2億%以上というハイパーインフレにつながった。ムガベ氏は国内で政権への批判が高まると独裁色を強めたが、結局17年に退陣に追い込まれる。側近のムナンガグワ氏が後任に就き、社会や経済の混乱から抜け出せないままのところをコロナ禍が襲った。

 ジンバブエでは20年末から新型コロナの第2波が始まった。原因とみられているのが、隣国南アフリカで流行している変異株だ。ジンバブエは、アフリカ南部では比較的裕福で発展している南アフリカに数百万人ともいわれる出稼ぎ労働者を送り出しており、年末年始に帰省した労働者らが変異株も持ち帰ったとみられている。

 感染者の急増に危機感を募らせたジンバブエ政府は年明けから、1カ月間の厳しいロックダウン(都市封鎖)を発表した。買い物や病院受診など生活に不可欠な場合を除く外出を原則禁止し、生活に必須ではない事業者には一時閉鎖を命じた。感染拡大防止のためにやむを得ない措置とも言えるが、発表から3日後の緊急実施だったため、「政府は生活・事業の支援策を立てず、多くの人が困窮する結果になった」(クレメント)。

 特に影響を受けたのが、路上や小さな店で食料や雑貨を売って日々の生計を立てている貧しい個人事業者だ。政府は病院や公共機関、スーパーマーケットなど生活に欠かせないと判断した労働者には外出許可証を発行した。ところが非正規の零細個人事業主は対象外で、首都ハラレ中心部では警察の取り締まりによって路上から追い出された。

 路上で金物を売っていたウォルター・ヌジェレレさん(47)は3人の子供を養う父親だが、営業停止に追い込まれ生活費を稼げなくなった。「食事を1日1食に削って乗り切るしかない」。また運転免許学校の講師で、2人の子供と2人の孫を養っているマルタ・ヌグウェルメさん(52)は「仕事ができず収入が途絶えた。パンは食べられず、砂糖入りのお茶も飲めない」。安価なトウモロコシの粉で作ったかゆを食べてしのぐという。大工の男性(32)は「政府のロックダウン実施の発表が急だったため、(外出して)代金を回収できなくなり、お金に困っている」と嘆いた。

医療崩壊の…

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平野光芳

ヨハネスブルク支局長

2001年入社。大津支局、福井支局敦賀駐在、大阪社会部、ジャカルタ特派員、奈良支局などを経て20年からヨハネスブルク支局長。共著に「なぜ金正男は暗殺されたのか」