「刹那」と「贖罪」の思い ミレニアル世代の死生観

横江公美・東洋大学国際学部教授
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横江公美氏=吉田航太撮影
横江公美氏=吉田航太撮影

 「夢ならばどれほどよかったでしょう」と米津玄師さん(1991年生まれ)は「Lemon」(作詞 米津玄師)で最愛の人の死を歌う。劇場版「鬼滅の刃」の主題歌「炎」(作詞 梶浦由記・LiSA)は、「このまま続くと思っていた」普通の日常を取り戻すために戦うと宣言する。

 ミレニアル世代が歌い、ミレニアルの時代に流れる最近のヒット曲には「刹那(せつな)」と「贖罪(しょくざい)」の思いが存在する。「死」が近いのだ。

戦争を知らない贖罪の時代からバブル時代

 時代が大きく変わっている。死生観までもが変わろうとしている。1965年4月生まれで、いわゆる新人類世代の私は、時代が変わったとハッとしたのはこれで2回目だ。

 1回目は75年、子どもの時だった。ほぼ途切れなく「およげ!たいやきくん」と「木綿のハンカチーフ」が商店街に流れる年末、時代の空気が変わっていることに感じた。たい焼きくんは最後には食べられてしまうが、それまた良し、だった。

 それまでの流行歌とは違い、儚(はかな)げな哀愁、どうしようもない後悔、申し訳ないと思わないでいられない贖罪の気持ちがないのだ。「木綿のハンカチーフ」は恋人と別れる歌ではあるが、後悔も悲しみもない。旅立ちを歌っている。

 勝手な解釈であるが、それまでの多くの歌には、戦争を知らなくてごめんなさい、今、平和を楽しんでごめんなさい、という深層心理があったのではないかと思う。

 当時は祖父母は確実に戦争体験者である。私たちの親世代も子どもの時に戦争体験をしている場合が多い。日々の生活でも、今の平和な生活に感謝、当たり前と思ってはいけない、という気持ちと空気があちこちにあふれていた。「戦争を知らない子供たち」「時には母のない子のように」は、その思いを正面から歌っている。

 私は子どもだけに、その空気のなかで、口には出さないが、「戦争を知らなくてごめんなさい」「苦労していなくてごめんなさい」と感じていた。戦争を知らないだけに、苦労したおばあちゃん、おじいちゃん、そして戦争時代のひもじさを子どもの時に味わったという両親の話を聞き、両親に対してもごめんなさいと思うところがあった。ほとんどの人がそう思っていたであろうと思う。

 最愛の人が亡くなった手紙が届く「喝采」、終わった愛に思いをはせる「シクラメンのかほり」、苦労する中で亡くなった母を歌う「おふくろさん」。心に響く歌を見ると、手放しで喜びや楽しさを賛美する時代ではなかったのだ。

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横江公美

東洋大学国際学部教授

 1965年生まれ。VOTEジャパン(株)社長、米国のシンクタンク「ヘリテージ財団」上級研究員を経て、17年より現職。著書に「隠れトランプのアメリカ」「日本にオバマは生まれるか」「アメリカのシンクタンク」など。