
4月4日付毎日新聞は「ヨルダンで元皇太子ら約20人拘束 クーデター防止狙いか」と題する同紙カイロ特派員の興味深い記事を掲載した。ああ、ついに恐れていたことが起きたか、というのが正直な気持ちだ。
これまで曲がりなりにも安定していた旧オスマン帝国の中東部分で再び政治的地殻変動が起きるのではないか。これが今の筆者の問題意識である。
理由は簡単だ。過去30年間に我々はイラクを破壊し、シリアを破壊してしまった。次の発火点は資源のない脆弱(ぜいじゃく)なヨルダンかもしれないと思うからだ。だが、ヨルダン王室なる密室内のクーデター騒ぎが題材では「公開情報の深読み」なんかできない、とのお叱りもあろう。通常ならその通りだが、驚いたことに今回はその公開情報が存在する。
王子のメッセージ
毎日新聞はこう書いた。「中東の親米国家ヨルダンで3日、アブドラ国王(59)の異母弟で元皇太子のハムザ王子(41)が、国家の不安定化を図ったとして『活動停止』を言い渡された。軍の発表をロイター通信が報じた。ハムザ王子と元閣僚、王族メンバーら計約20人が拘束されたとの報道もあり、宮廷クーデターを未然に防ぐ動きだった可能性がある」
その上で、同記事は、「王子の弁護士が英公共放送BBCへ送った動画メッセージでは、王子自身が自宅軟禁下に置かれたことを明かし、潔白を訴えると同時に現体制は『腐敗している』と英語で批判した」と報じた。その通り、ハムザ王子は自宅に最後に残っていた衛星インターネット通信を使い(恐らくは最後の)公開メッセージを送っていたようだ。
ヨルダンといえば中東屋の筆者には深い思い入れがある。天然資源に恵まれない人口1000万人ほどの小国だが、英邁(えいまい)な王家の下で中東安定の要の役割を果たしている。しかも、王室はフセイン前国王、アブドラ現国王とも大いに日本びいきで、他国の王室に比べても訪日回数がダントツで多い。その国での「クーデター騒ぎ」だから、内心穏やかではない。
事件の真の意味
ワシントン・ポストは匿名の中東担当情報の高官の言葉を引用し、事件の背景を次の通り報じた。
■米情報筋によれば、ハムザ王子は異母兄弟の国王を退位させようとする陰謀に関する捜査中、自宅を出ないよう求められた。その陰謀は複雑かつ遠大であり、少なくとも、もう一人の王族、複数の部族関係者と諜報(ちょうほう)機関関係者が含まれているようだ。
■今後さらに逮捕者が増える可能性があり、王室顧問のヨルダン人は今回の容疑が「国家の安定」に関するものだと述べた。米情報筋は、「陰謀は非常に組織化されており、容疑者たちは『外国との接触』もあったようだ」と述べている。
■同じく米情報筋によれば、「逮捕者の中には王族の一人であるSharif Hasanと元王室庁の高官であるBassem Awadullahが含まれており、後者はドバイのコンサルタント会社最高経営責任者(CEO)やサウジアラビアに対するヨルダン政府特別代表も務めていた」らしい。
しかし、このような間接情報だけでは「深読み」は難しい。されば今回はハムザ王子がBBCに送ったビデオという「公開情報」を詳しく分析し、今回の事件の真の意味を可能な限り「深読み」してみよう。毎度のことながら、以下はあくまで「ハムザ王子の独白」という公開情報に基づいて書いた筆者の個人的分析である。
アブドラ国王の異母弟で元皇太子のハムザ王子?
ハムザ王子の英語はアラビア語なまりがほとんどない見事なものだ。王子の母親がシリア系米国人、先代フセイン国王の4人目のヌール王妃(リサ・ナジーブ・ハラビイ)だからだろう。
ちなみに、アブドラ現国王の母親は英国出身、先代の2人目のムナー王妃(アントワネット・アブリル・ガーディナー)だからか、現国王の英語にもなまりが全くない。
この2人の異母兄弟だが、先代フセイン国王は最後まで当時10代後半の若いハムザ王子を次期国王にしたかったが、最終的に年長のアブドラを皇太子とし、その直後国王に即位した経緯がある。
アブドラ国王は先代の強い意向もあり、当初ハムザを皇太子としたが、2004年に皇太子から外している。両者の確執はこの頃から顕在化していたようだ。
それはさておき、BBCが入手したビデオでハムザ王子は冒頭こう発言している。
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キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
1953年生まれ。外務省日米安全保障条約課長、在中国大使館公使、中東アフリカ局参事官などを経て2005年に退職。立命館大客員教授、外交政策研究所代表なども務める。近著に「AI時代の新・地政学」。フェイスブック「Tokyo Trilogy」で発信も。