ふらっと東アジア

ウイグルの綿を巡る世界の分断 鍵を握るESG投資

米村耕一・中国総局長
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北京市内のH&Mの店舗=2021年3月25日、小倉祥徳撮影
北京市内のH&Mの店舗=2021年3月25日、小倉祥徳撮影

 新疆ウイグル自治区での人権問題への対応をめぐり、グローバルな衣料品大手企業が右往左往している。企業活動や投資行動で環境や人権問題を重視する「ESG」などと呼ばれる国際的な流れと、ナショナリズムを強める中国の国内市場の重要性との板挟みになっているためだ。

 環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)の頭文字を取った「ESG課題」の重視を機関投資家に求める「責任投資原則(Principles for Responsible Investment=PRI)」は、2006年に当時の国連事務総長、コフィ・アナン氏が提唱し、国際社会に広がった。

 この原則に賛同し署名した機関投資家のリストが公表されており、21年4月現在で世界の3800以上の投資機関の名前が掲げられている。その中には「年金積立金管理運用独立行政法人」など日本の投資機関も含まれる。

 気候変動など環境問題に関しては中国政府・企業も積極的だが、問題は「社会」の分野に人権問題が入ってくることだ。

 ESG投資などの研究が専門の高崎経済大学の水口剛学長は「グローバル企業は中国市場を失いたくないし、失えば投資家にとっても短期的には不利益だ。しかし、そこで中国の人権問題には目をつぶるということであれば責任投資原則の理念に反することになる可能性がある。そうした意味で、まさにESG投資、責任投資の試金石となる問題だ」と指摘する。

 すでに新疆での人権問題について強い批判の声を上げている機関投資家のグループもあり、中国市場を含めグローバルに展開する企業が、どこかの時点で中国の人権問題を巡る態度を明確にしなければならなくなる可能性があるとの見方だ。

 欧米や日本の衣料品大手企業が中国市場との間で板挟みとなった経緯を振り返ったうえで、中国における人権問題とESG投資との関わり、今後の見通しについて水口学長に解説をお願いした。

新疆綿を使うか使わないか

 そもそもの発端は、高級綿の産地である新疆ウイグル自治区において、ウイグルなど少数民族が強制的に綿摘みなどの労働に従事されているとの指摘が、国際的な人権団体などから指摘されるようになったことだ。

 これを受けて、環境や人権に配慮した綿花栽培の支援や認証を行う国際NGO「ベター・コットン・イニシアチブ」(BCI)が昨年3月、新疆産の綿については「現在の環境では、信頼のできる認証事業が実施できない」として、このシーズンについては認証を行わないと発表した。

 さらに昨年7月には、国際的な人権団体や在外ウイグル人の団体が合同で「強制労働などの人権侵害の疑いがあり、現地においてその有無を確かめる信頼できる手段がない以上、大手衣料ブランドは新疆地区をサプライチェーンから外すべきだ」などと主張する声明をだした。

 こうした流れの中で、複数の大手衣料ブランドは「新疆産の綿は使わない」などの声明を自社ホームページなどに掲げるようになった。

 一連の企業の動きについて中国政府は一時、静観していたが、これが大きく動いたのが今年の3月下旬だった。

 米英やカナダ、欧州連合(EU)が、中国の新疆ウイグル自治区の人権侵害に関与したとして中国の当局者個人や団体に対して制裁を発動すると、激しく反発した中国政府も対抗措置としてEU関係者らへの制裁を発表した。

 さらに中国メディアがその直後から、「新疆産綿の不使用」を掲げるなどしていた衣料品大手企業に対する激しい批判を展開した。アディダスやナイキ、日本のユニクロ、スペインのザラなどの名前も挙がったが、特に矢面に立ったのがスウェーデン衣料品大手H&Mだ。

 H&Mは2020年にホームページ上で、「市民社会やメディアを通して報告されている新疆ウイグル自治区における少数民族への差別や強制労働に関する指摘について深く懸念している。(強制労働による収穫が指摘されている)新疆産の綿花は使っていない」との声明を出していた。これが中国メディアや中国のインターネットユーザーから「中国で金もうけをしながら、新疆の綿花は不買か」という非難の集中砲火を浴びた。

 H&Mのブランド名は中国のインターネットショッピングアプリでも検索できなくなり、4月初めに北京市内の店舗を訪ねると、客が私以外には一人もおらず閑散としていた。

 H&Mはその後、インターネットで広がった不買運動などの沈静化を図るために、新疆の問題については触れずに「中国の顧客やパートナーからの信頼を再び得るために献身的に働く」との声明を出した。

 さらに、以前の新疆に関する声明は、ネットで検索すれば出てくるものの…

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米村耕一

中国総局長

1998年入社。政治部、中国総局(北京)、ソウル支局長、外信部副部長などを経て、2020年6月から中国総局長。著書に「北朝鮮・絶対秘密文書 体制を脅かす『悪党』たち」。