普天間返還合意25年 日本政府の決断で移設は可能だ

小川和久・静岡県立大学特任教授 特定非営利活動法人・国際変動研究所理事長 軍事アナリスト
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小川和久氏=北山夏帆撮影
小川和久氏=北山夏帆撮影

 4月12日、沖縄の米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の返還が日米両政府によって合意されて25年を迎えた。当初5年から7年とされた代替施設への移転はおろか、原点であるはずの危険性の除去もまったく実現していないのには失望せざるを得ない。

 その一方、同県名護市辺野古の代替施設建設は軟弱地盤問題が露呈したこともあり、費用は1兆円を超えるものとみられ、2030年代とされる完成予定も実現の見通しすら立っていない。

 私は昨年3月、最初から関わった普天間問題の当事者の一人として24年間のメモをもとに回想録「フテンマ戦記 基地返還が迷走し続ける本当の理由」(文芸春秋)を上梓(じょうし)した。実名を挙げて当事者の責任を問い、米国との交渉記録なども盛り込んだため367ページの分厚さとなった。

 以下、拙著で明らかにした普天間問題膠着(こうちゃく)の根本原因をいくつか挙げておきたい。

決断できなかった日本政府

 その第一は、普天間問題は返還合意後、日本の国内問題として解決すべきなのに、日本政府はそれを理解できず、一貫して米国側の顔色をうかがい、決断できなかったという問題である。

 普天間問題に関する米国側の基本姿勢は、移設によって軍事的能力が低下せず、同時に負担軽減によって沖縄県民の対米感情を悪化させない、という2点に尽きる。あとは日本側が、米軍の作戦所要を満たし、沖縄県民の半数以上が受け入れに同意する移設計画を示すことだが、日本政府にはこれを実行する能力がなかった。

軍事知識の…

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小川和久

静岡県立大学特任教授 特定非営利活動法人・国際変動研究所理事長 軍事アナリスト

 1945年生まれ。陸上自衛隊生徒教育隊・航空学校修了。同志社大学神学部中退。地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。外交・安全保障・危機管理(防災、テロ対策、重要インフラ防護など)の分野で政府の政策立案に関わり、国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、日本紛争予防センター理事、総務省消防庁消防審議会委員、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。小渕内閣ではドクター・ヘリ実現に中心的役割を果たした。電力、電話、金融など重要インフラ産業のセキュリティ(コンピュータ・ネットワーク)でもコンサルタントとして活動。2012年4月から、静岡県立大学特任教授として静岡県の危機管理体制の改善に取り組んでいる。『フテンマ戦記基地返還が迷走した本当の理由』『日米同盟のリアリズム』など著書多数。