ウェストエンドから

暴動は紛争への序章か アフリカの紛争を考えながら騒乱の北アイルランドを歩いた

服部正法・欧州総局長
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暴徒に火炎瓶を投げ込まれ焼け落ちた路線バス=北アイルランド東部ベルファストで2021年4月8日、服部正法撮影
暴徒に火炎瓶を投げ込まれ焼け落ちた路線バス=北アイルランド東部ベルファストで2021年4月8日、服部正法撮影

 前回の当コラム<「大きなもの」の間で翻弄(ほんろう)される北アイルランド>で、英領北アイルランドで英国の統治継続を願うプロテスタント系住民の「ユニオニスト」(統一主義者)の間に不満が募っている現状について論じたが、その後、残念なことに、その不満が暴動という形で噴き出してしまった。

 3月末から4月第2週にかけて、各地で主に若いユニオニストらが路上で警官隊と衝突し、火炎瓶を投じてバスなどに火を放つなどの暴動を起こしたのだ。暴動は今後も続く恐れがあり、かつての北アイルランド紛争(1968~98年)の再燃を心配する声もある。

 以前ヨハネスブルク特派員としてアフリカ各地の紛争を取材してきた私は、自分や身内の権益や勢力を守ろうとする、あるいは拡大しようとする者たちが、権力闘争や政治抗争で敵を駆逐するために、民族や宗教という大きな単位同士がぶつかり合う紛争へと転化させてしまうプロセスを目にしてきた。私は今回の暴動がそうならないか懸念している。

火炎瓶を投じられ、焼け落ちた路線バス

 北アイルランドの最大都市ベルファストの西部にある「シャンキル通り」は、ユニオニストの集住する地域として有名だ。北アイルランド紛争時には、ユニオニストの過激派「ロイヤリスト」(王党派)の武装組織が根を張った地域としても知られる。通りには今も英国旗ユニオンジャックがあちこちではためき、建物の壁にはエリザベス女王やユニオニスト過激武装組織を描いた壁画が散見される。

 私が足を運んだ4月8日朝、この通りの一角で、1台の路線バスが黒焦げになって焼け落ちていた。車輪の奥から、まだ煙がうっすらと立ち上っていた。地元メディアなどの報道によると、暴徒らは前日の7日夜、路線バスを止めてドライバーや乗客を降ろして車両をハイジャックし、火炎瓶を投げ込んで炎上させた。

 この現場から数百メートル南に下ると、ユニオニストが多く住む北側エリアと、アイルランドとの併合を望むカトリック系の「ナショナリスト」(民族主義者)が住む南側エリアを隔ててきた長い壁、通称「ピースライン」(平和の壁)がある。その壁の前でも7日夜、ユニオニストの若者らが火炎瓶などを路上や壁に向かって投げるなどして暴れた。

 ナショナリストへの意図的な攻撃と言えるかどうか分からないが、壁の向こう側では挑発と受け止められたのは想像に難くない。翌8日の夜には、今度はナショナリストの若者が南側のエリアで暴徒化し、警察車両に投石などを行う事態となった。

ブレグジットから生まれた不満が噴出した暴動

 暴動はなぜ始まったのだろうか。

 前回のコラムで書いたとおり、ブレグジット(英国の欧州連合=EU=からの離脱)によって、ユニオニストが英政府に「裏切られた」「見捨てられた」といったような強い疎外感や不満を抱くようになったことが根底にある。

 北アイルランドはブレグジット後も、EUの関税ルールを適用する「特区」的な扱いとなり、英国の他の地域であるイングランド、スコットランド、ウェールズがあるグレートブリテン島との間で通関業務が発生することになった。同じ国内であるのに物流上、北アイルランドとグレートブリテン島を隔てるアイリッシュ海が事実上の「境界」となってしまったのだ。

 これは、北アイルランド紛争の和平合意を守るために英国とEUが取った「苦肉の策」だった。紛争ではユニオニストとナショナリストが対立し、双方の過激武装組織によるテロなどで約3500人が犠牲となった。98年に結ばれた和平合意では、北アイルランドと陸続きのアイルランドとの自由往来を保障し、国境の検問を廃止した。

 英国とEUはこの和平合意を尊重し、国境を「復活」させずにブレグジットを実現するため、北アイルランドにEUの関税ルールを引き続き適用してEU加盟国であるアイルランドとの国境での検問を行わないままとし、代わりに北アイルランドとグレートブリテン島の間で物の流れをチェックすることにしたのだ。

 だが、アイリッシュ海の「ボーダー化」はユニオニストの強い反発を招いた。今、北アイルランド各地のユニオニスト集住地域の路上には、「ノー・アイリッシュ・シー・ボーダー」(アイリッシュ海の境界に「ノー」)と書かれた掲示物や落書きがあふれている。

 かつて北アイルランド自治政府の首相代理も務めた、ユニオニスト政党「アルスター統一党」(UUP)の元党首、レッグ・エンピー英上院議員が私のインタビューに、「経済生活の大部分がロンドンでなくブリュッセル(EU本部)に管理され、ブリュッセルに代表者を送っていないため声を上げるすべもない。ほとんど植民地の状況を思い起こさせる」と現状を批判したことは前回コラムで紹介した。

 エンピー氏はこの際、「暴力(再燃)の段階にはない」と述べたが、同時に、紛争時には抗議デモや集会がたびたび暴動へと発展していたことを踏まえ、現段階ではコロナ禍による外出規制が暴動の発生を抑えていることを忘れるべきではないと私に述べた。

怒りに油を注いだ「ロックダウン違反」

 北アイルランドでは4月12日に段階的緩和が始まったものの、それまでは厳しい外出規制が敷かれるロックダウン(都市封鎖)状態が続いており、暴力を抑え得る条件が整っていたと言える。しかし、エンピー氏の予想を超え、外出規制が緩む前の段階であるにもかかわらず、暴力が噴出してしまった。

 こうなるにはまた、別の要素があった。

 2020年6月、ナショナリストの過激武装組織「アイルランド共和軍」(IRA)の大物幹部だったボビー・ストーリー氏の葬儀がベルファストで執り行われた。コ…

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服部正法

欧州総局長

1970年生まれ。99年、毎日新聞入社。奈良支局、大阪社会部、大津支局などを経て、2012年4月~16年3月、ヨハネスブルク支局長、アフリカ特派員として49カ国を担当する。19年4月から現職。著書に「ジハード大陸:テロ最前線のアフリカを行く」(白水社)。