世界時空旅行

その町は実在するのか?ドイツ人が愛する都市伝説「ビーレフェルトの陰謀」を追った

篠田航一・外信部記者
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「本当は存在しない」。そんな都市伝説があるドイツ西部ビーレフェルトの中央駅=2013年2月、篠田航一撮影
「本当は存在しない」。そんな都市伝説があるドイツ西部ビーレフェルトの中央駅=2013年2月、篠田航一撮影

 その話はだいたい、2、3の質問から始まる。

 「あなたは、ドイツ西部の都市ビーレフェルトに行ったことがありますか?」

 「あなたは、ビーレフェルト出身という人を知っていますか?」

 この質問に両方とも「いいえ」と答えると、「そのはずです。だってビーレフェルトなんて町は実在しないのですから」との答えが返ってくる。逆に「行ったことがある」「出身者を知っている」と言えば、「それは何者かの陰謀にだまされているのです。その町はビーレフェルトに見せかけた偽物で、本当はそんな町は存在しないのですよ」と言われる。どちらにせよ、ビーレフェルトは「この世に存在しない」町なのだ。

 これは1990年代、ドイツの若者の間で流行した都市伝説だ。だが私がベルリン特派員としてドイツに赴任していた2011~15年にもこの話は根強く生き残っており、それどころかメルケル首相まで演説で言及するほど広まっていた。

 結論から言えば、ドイツ西部にちゃんとビーレフェルト市は実在する。だが同市広報課のディートマール・シュリューテ氏は「今でも市役所に『実在』を確かめる電話がかかってくるんですよ」と笑っていた。話の人気は根強く、10年には「ビーレフェルトの陰謀」という映画まで製作されるほどの社会現象になった。そして19年にはついに市当局が「実在しないと証明できた人に賞金100万ユーロ(約1億3000万円)を授与する」と発表。今もツイッター上では「実在する」「しない」と盛り上がりを見せている。

 なぜこのような話が広まったのか。

 背景には、この町が醸し出す存在感の薄さがある。日本でもお笑い芸人がマイナーな県を「いじる」のは有名だが、こうした場所は世界中に存在するらしい。

 ベルリン特派員時代、私はこの都市伝説を追いかけたことがある。本稿ではドイツ人が大好きな「ビーレフェルトの陰謀」(Bielefeld-Verschwoerung)に迫ってみたいと思う。

作られた陰謀論

 都市伝説はだいたい出所不明と相場が決まっている。米国の民俗学者ジャン・ハロルド・ブルンバン氏は都市伝説を扱った古典的名著「消えるヒッチハイカー」の中で、話の出所、つまりもともとの話の作者を特定する手がかりについては、たいてい「きれいさっぱり消滅してしまっている」と指摘している。都市伝説というものは「都市化の進んだ現代において口承されている話。出所が明確でなく、多くの人に広まっている噂(うわさ)話」(小学館「デジタル大辞泉」)といった定義もある。

 だが「ビーレフェルトの陰謀」に限れば、実は出所はほぼ分かっている。話の火…

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篠田航一

外信部記者

 1973年東京都生まれ。97年入社。甲府支局、東京社会部、ベルリン特派員、青森支局次長、カイロ特派員などを経て現職。著書に「ナチスの財宝」(講談社現代新書)、「ヒトラーとUFO~謎と都市伝説の国ドイツ」(平凡社新書)、「盗まれたエジプト文明~ナイル5000年の墓泥棒」(文春新書)。共著に「独仏『原発』二つの選択」(筑摩選書)。