オアシスのとんぼ

慰安婦訴訟判決を読み解く

澤田克己・論説委員
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判決を受け、記者団の取材に応じる元慰安婦の李容洙さん=韓国・ソウルで2021年4月21日、AP
判決を受け、記者団の取材に応じる元慰安婦の李容洙さん=韓国・ソウルで2021年4月21日、AP

 ソウル中央地裁が4月21日、日本政府に賠償を求めた元慰安婦の訴えを却下する判決を出した。別の裁判官が出した1月の判決とは正反対の内容だ。文在寅大統領が1月の記者会見で日本敗訴の判決に「困惑した」と述べていたことから、今回の判決は大統領の意向をくんだものではないかという見方もあるようだが、私にはそうは思えない。どんな判決だったのか、内容をあらためて読み解いてみたい。

 なお二つの判決はともにソウル中央地裁だが、別の裁判官によって審理されている。法廷同士の調整は行われないので、それぞれ独立して審理した結果だ。日本でも、夫婦別姓や1票の格差をめぐる訴訟では下級審の判断が真っ二つに割れることが多い。今回は、その極端な例だと言えそうだ。

そんたくなし? 文在寅政権に批判的な判決

 二つの判決を分けたのは、国際慣習法の原則「主権免除」を認めるかどうかだ。国家は他国の裁判所で裁かれないというものだ。主権国家は対等な存在だから、他国に裁かれることはないという考え方である。

 1月の判決は、慰安婦制度は反人道的な犯罪行為なので主権免除の例外だと認定して日本政府に賠償を命じた。反人道的な犯罪行為であったとしても、主権免除は別問題として認められるというのが現在の国際法解釈では一般的なのだが、自らの解釈について明快な論理を示すこともなかった。

 対して今回の判決は、主権免除を認めなければならないと判断した。審理をする以前の手続き論ではねた門前払いである。ただし原告の元慰安婦たちの苦境には同情を寄せており、「それでも法律的判断ではこうするしかない」という苦悩を読み取れる書き方になっている。4月判決の方が常識的な判断だろう。

 最初の判決は1月8日に出た。今回の判決はもともと、5日後の13日に言い渡される予定だったが、公判2日前に延期された。理由は不明だが、同じような判決を出すつもりなら延期する必要はない。

 むしろ最初の判決の衝撃が冷めやらないうちに出してしまった方が、注目されなくていいだろう。自らの準備した判決とまるで正反対の判決が出たので、一呼吸置こうとしたと考える方が自然だ。世論受けする判決と反対の結論なので、先行する判決を研究した上で論理を補強する必要があると考えた可能性が高い。

 文大統領の記者会見は1月18日だった。地裁の判事が大統領発言の内容を1週間前に知っていたとは考えにくい。それに判決内容には、文政権に対する批判的な見方が盛り込まれている。そんたくする裁判長なら、そんなことは書かないだろう。

 判決は、A4で82ページとかなり長い。日本の判決ではまず見ない脚注が44カ所も付いていて、学術論文のような印象を受ける。韓国紙の司法担当記者によると、韓国の判決でも脚注付きは珍しいが、批判が予想される場合などに付ける若い判事が増えているという。

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澤田克己

論説委員

1967年生まれ。埼玉県狭山市出身。91年入社。ソウル支局やジュネーブ支局で勤務した後、論説委員を経て2018年から外信部長。2020年4月から再び論説委員。著書に『「脱日」する韓国』、『韓国「反日」の真相』、『反日韓国という幻想』、『新版 北朝鮮入門』(共著)など。