東京五輪の今夏開催の是非は客観的に評価しよう-議論のロードマップ

田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長
田中均氏=根岸基弘撮影
田中均氏=根岸基弘撮影

 国際オリンピック委員会(IOC)は今夏の東京オリンピック・パラリンピック開催を既定方針としている。

 菅義偉首相は「(五輪)開催の権限はIOCにある」と述べるとともに、「安心安全な開催は可能」として7月23日から開催する姿勢を崩していない。

 一方、緊急事態宣言は5月31日まで延長されたが、その時点で宣言解除を可能にするような状況になっているのかは予断を許さない。IOCのバッハ会長は5月17日に予定されていた来日を見送った。

 国民にとっても五輪に向けて切磋琢磨(せっさたくま)してきたアスリートにとっても、安心安全な形で五輪が今夏開催されることが当然最善なわけであるが、希望的観測に終始するわけにもいかない。

 しかし、実際には“なし崩し的”に開催に至ってしまうのではないかという不安を以前にも増して抱くようになった。

 筆者は、適切な判断は“客観的”な状況評価に基づかなければならないと考えるので、議論を整理してみることとした。

1.日本及び世界の感染状況をどう見通す?

 選手団に対して厳密な感染防止措置がとられるにしても(事前のワクチン接種、毎日のPCR検査など)、多数のスタッフ、メディア、ボランティアなどを巻き込むこともあり、日本全体の感染が収束に向かっていることが開催の大前提となる。

 米国の例からも明らかなとおり、このためにはワクチン接種が鍵となろう。バイデン大統領は7月4日(独立記念日)までに成人の70%が少なくとも1回のワクチン接種を受け、行動制限を大幅に緩和することを目標にしているが、これまでの順調な接種状況をみても、達成は目前に迫っている。

 欧州各国もワクチンの接種拡大とともに制限緩和を拡大している。菅首相は5月7日の記者会見で7月末を念頭に高齢者への接種を終えるとともに、1日に100万回の接種を目標とすると述べているが、その一方で接種を担当する人材の不足は深刻とみられ、この目標を達成するのは困難とも言われる。

 仮にワクチン接種が順調にいったとしても、「集団免疫」と言われる状況(人口の約70~90%にワクチンを接種)に達するのは「明年以降」と調査機関は試算している。

 そして世界の感染状況は、先進国ではピークを過ぎたにしても、途上国の多くではいまだ感染拡大は続き、特にインドやブラジルといった人口大国の感染状況は深刻だ。

 これらの国での大量感染は複雑な変異株を生む蓋然(がいぜん)性が高く、今後変異株が世界を飛び回り、ワクチンの効力を脅かす可能性も危惧される。

 感染状況とワクチン接種状況次第という面もあるが、なによりも、五輪のために十分な医療資源を割くことができるのであろうか。東京オリンピ…

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日本総合研究所国際戦略研究所理事長

1947年生まれ。69年京都大学法学部卒業後、外務省入省。オックスフォード大学修士課程修了。北米局審議官、在サンフランシスコ日本国総領事、経済局長、アジア大洋州局長を経て、2002年より政務担当外務審議官を務め、05年8月退官。同年9月より(公財)日本国際交流センターシニア・フェロー、10年10月に(株)日本総合研究所国際戦略研究所理事長に就任。06年4月より18年3月まで東大公共政策大学院客員教授。著書に『見えない戦争』(中公新書ラクレ、19年)、『日本外交の挑戦』(角川新書、15年)、『プロフェショナルの交渉力』(講談社、09年)、『外交の力』(日本経済新聞出版社、09年)など。2021年3月よりTwitter開始(@TanakaDiplomat)。毎日リアルタイムで発信中。YouTubeチャンネル(@田中均の国際政治塾)。