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「密輸」の現場から見える米朝関係の行方 コロナ禍は「自力更生」の好機?

米村耕一・中国総局長
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「国境をまたぐ犯罪は厳重に取り締まる」と書かれた看板の向こう側に、かつて密輸の現場だった鴨緑江が見える=中国・丹東市内で2021年5月、米村耕一撮影
「国境をまたぐ犯罪は厳重に取り締まる」と書かれた看板の向こう側に、かつて密輸の現場だった鴨緑江が見える=中国・丹東市内で2021年5月、米村耕一撮影

 バイデン米政権が、対北朝鮮政策の見直し作業を終えた。中身は明らかにされていないが、北朝鮮の核問題について、外交交渉を通じ、段階を踏みつつ解決していく方針のようだ。

 しかし、北朝鮮はバイデン政権に対してその発足当初からけんか腰の姿勢を続ける。北朝鮮との交渉が一筋縄ではいかないのはいつものことだが、今回は特に厳しいことが、5月上旬に訪れた中朝国境の状況からも見えた。

昨夏までは続いていた密輸

 5月上旬、中朝国境を流れる鴨緑江下流の中国側の街で、かつて北朝鮮への密輸に関わっていたという中国人男性に会った。

 中国側の川沿いには漁師たちの作業小屋が並び、対岸の北朝鮮・平安北道側には物資の主な受け入れ口である二つの波止場が見える。中国政府当局が設置した「国境地帯で不法な活動はやめよう」「密輸禁止」などのスローガンを書いた赤い垂れ幕が、ところどころにぶら下がっていた。

 新型コロナウイルス対策で北朝鮮が国境を閉ざしたのが昨年1月末。「閉鎖以前は、深夜になると貨物満載の大型トラックがこのあたりにずらりと並んだものだ。多いときには30台はあったよ。食料や日用品からエアコンなどの家電製品まで、あらゆる品物がここから北朝鮮に運ばれた」

 男性の口調はどこか懐かしそうだった。さらに男性は意外なことも口にした。北朝鮮が国境を閉鎖した後、規模は大幅に縮小したものの、密輸は続いていたというのだ。その詳細については言葉を濁したが、昨年6月ごろまで、人的接触を避けつつ物資のやり取りは行っていたという。

 新型コロナの流入を極度に恐れ、水も漏らさぬ警戒態勢を取った北朝鮮が密輸を続けていたとは、にわかには信じがたかった。

 しかし、その後、密輸が続いていたことを示すとも言える内部文書の存在が確認できた。

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米村耕一

中国総局長

1998年入社。政治部、中国総局(北京)、ソウル支局長、外信部副部長などを経て、2020年6月から中国総局長。著書に「北朝鮮・絶対秘密文書 体制を脅かす『悪党』たち」。