オアシスのとんぼ

韓国で語られる「ミャンマーはかつての光州」

澤田克己・論説委員
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韓国・光州市で行われたクーデター抗議集会=5月2日、現地在住ミャンマー人のミョネジャさん提供
韓国・光州市で行われたクーデター抗議集会=5月2日、現地在住ミャンマー人のミョネジャさん提供

 韓国の文在寅大統領は5月18日、フェイスブックとツイッターへ「私たちは今日のミャンマーに、かつての光州を見る」と投稿した。この日は、民主化前の韓国で軍が市民に銃を向け、数百人ともいわれる犠牲者を出した光州事件(1980年)の記念日だった。ソウルと光州市での記念式典には在留ミャンマー人が招待され、反独裁の象徴となった3本指のポーズでミャンマー国軍の弾圧に抗議した。

 光州事件は、18年間にわたって強権的な統治をしてきた朴正煕元大統領が暗殺された後、政治活動が自由化された「ソウルの春」を軍が押しつぶす過程で起きた。民主化運動指導者だった金大中氏(後に大統領)が逮捕されたため地元の光州で抗議運動が起き、軍はこれを武力で鎮圧した。いまだに正確な犠牲者数すらわかっておらず、真相究明が叫ばれ続けている。

 クーデターを起こした国軍が民主派を弾圧するミャンマーの現状は、41年前の光州と重なって見える。それだけに韓国メディアはミャンマー情勢を熱心に伝え、韓国に暮らすミャンマー人の抗議デモに韓国人も参加している。民主派を支援するよう韓国政府に求める、韓国の団体による集会も開かれた。

 光州では、130ほどの市民団体や宗教団体が集まってミャンマーの民主派を支援する組織が作られた。行政の協力も得て、ミャンマーの実情を伝える写真展を区役所で開いたり、寄付金集めをしたりといった活動を展開している。3月半ばからの2カ月ほどで、1億9000万ウォン(約1840万円)が集まったという。ちなみに光州市の人口は約150万人、光州を取り巻く全羅南道は約190万人である。

 取りまとめ役となっている李奇奉(イ・ギボン)さん(56)は事件当時、中学3年だっ…

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澤田克己

論説委員

1967年生まれ。埼玉県狭山市出身。91年入社。ソウル支局やジュネーブ支局で勤務した後、論説委員を経て2018年から外信部長。2020年4月から再び論説委員。著書に『「脱日」する韓国』、『韓国「反日」の真相』、『反日韓国という幻想』、『新版 北朝鮮入門』(共著)など。