「対中抑止」を巡る日米論争

手嶋龍一・外交ジャーナリスト・作家
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手嶋龍一さん
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 ニッポン外交は、「紙上の同盟」から一歩踏み出す時を迎えている――。4月16日にワシントンD.C.で行われた日米首脳会談を受けて発表された「日米共同声明」。その台湾条項を前回の当欄で取りあげた際、筆者はそう指摘した。

 その思いはいまもいささかも変わらない。だが皮肉なことに、戦後の日本外務省が得意技としてきた文書を紡ぐ「紙上の外交」は、5月の主要7カ国(G7)外相会合、続く6月のG7首脳会議でも実力をいかんなく発揮した。

 「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す」

 先の菅義偉・バイデン会談で合意された上記の台湾条項は、G7を構成する日・米・英・加・独・仏・伊の一致した認識となり、海洋への進出を策する中国に突き付けられることになった。

プロ集団「条約官僚」

 この台湾条項の後半部分を起案したのはニッポンの条約官僚だった。彼らこそ、沖縄返還に道を拓(ひら)いた1969年の「日米共同声明」をひねり出し、日米安保条約に関わる「事前協議」に関する巧みな国会答弁を編み出した国際法のプロ集団である。谷内正太郎、杉山晋輔、秋葉剛男の次官経験者、そして今回の首席交渉者、森健良はことごとくが条約畑で育った俊秀だ。

 日本の条約官僚の相手を務めたのはカート・キャンベルだった。バイデン政権は、海峡問題に精通する彼のためにインド太平洋調整官という重要ポストを新設して迎えている。バイデン大統領は、台湾海峡こそ米中が正面からぶつかり合う芽を孕(はら)んでいると見て、96年の台湾海峡危機に際して国防次官補代理として采配を揮(ふる)ったキャンベルに両岸問題を委ねたのである。

「平和的解決」にこだわった日本

 日米の予備折衝で「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調する」という案文は早々にまとまった。だが、日本側は「両岸問題の平和的解決を促す」という一文を加えるよう執拗(しつよう)に求めたのだった。中国に対して過度に対決的な姿勢を取らず…

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手嶋龍一

外交ジャーナリスト・作家

1949年生まれ。NHKワシントン支局長として同時多発テロ事件の11日間にわたる中継放送を担う。NHKから独立後、インテリジェンス小説「ウルトラ・ダラー」を上梓(じょうし)してベストセラーに。慶応大学教授としてインテリジェンス戦略論を担当。「たそがれゆく日米同盟」「ブラック・スワン降臨」(新潮社)「汝の名はスパイ、裏切り者、あるいは詐欺師」(マガジンハウス)など著書多数。