逆説に満ちた金正恩体制 「人民第一」でも疲弊する生活

坂井隆・北朝鮮問題研究家
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朝鮮労働党中央委員会第8期第3回総会で人民生活の安定問題に関する特別命令書を掲げる金正恩総書記=2021年6月17日、朝鮮中央通信・朝鮮通信
朝鮮労働党中央委員会第8期第3回総会で人民生活の安定問題に関する特別命令書を掲げる金正恩総書記=2021年6月17日、朝鮮中央通信・朝鮮通信

 北朝鮮で金正恩体制が発足して間もなく10年を迎える。その路線は相互に矛盾する部分を含み、評価は簡単ではない。

政治の制度化と個人崇拝の深化

 金正恩体制の特徴として、朝鮮労働党を通じた制度化された運営がある。金正日時代は党大会はもとより中央委員会さえ長年開かれなかったことと比べれば、2回の党大会をはじめ中央委員会、政治局会議などを頻繁に開く金正恩氏の制度重視の姿勢は明らかだ。

 今年1月の党大会で行われた党規約改正で、金日成、金正日、金正恩といった固有名詞をほとんど削除したことも、属人的な統治から制度的な統治への変化を反映したものだ。

 一方で、党会議に関する報道は金正恩氏の独壇場的な運営を印象付ける。とりわけ最近の北朝鮮メディアでは、「首領」あるいは「オボイ(親の意)」など、かつては金日成氏だけに使われていた表現を金正恩氏に対して用いる例が急増している。当面の困難を打開する鍵として金正恩氏への忠誠堅持を訴える論調も繰り返されている。

実用主義と精神主義

 金正恩氏の特徴として、「実用主義」を挙げる見方もある。同氏は執権以来、経済建設を進める要諦として科学技術を強調し、「知識経済時代」に即した、世界水準を視野に入れた能力開発の必要性などを訴えてきた。

 また、各種会議では、これまで自画自賛一辺倒であった「報告」「討論」などにおいて問題点や不足する点も指摘されるようになり、計画課題の策定のために部門別協議の場を設けて現場の実情や意見を反映させる方式も恒例になっている。

 しかし、経済政策を見ると、金正恩体制発足初期に見られた市場経済的要素(インセンティブ)の活用を目指す傾向はこのところ影を潜めている。…

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坂井隆

北朝鮮問題研究家

1951年生まれ。78年公安調査庁入庁、北朝鮮関係の情報分析などに従事、本庁調査第二部長を最後に2012年退官。その後も朝鮮人民軍内部資料の分析など北朝鮮研究を継続。共編著書に「独裁国家・北朝鮮の実像」(2017年、朝日新聞出版)、「資料 北朝鮮研究Ⅰ 政治・思想」(1998年、慶応義塾大学出版会)など