新たな五輪のモデルを示さなければ、東京五輪の価値はない

古賀伸明・元連合会長
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古賀伸明氏=中村琢磨撮影
古賀伸明氏=中村琢磨撮影

 真夏の酷暑の中で開催された東京五輪は8月8日に閉会した。57年ぶりの東京での五輪は、コロナ禍で史上初めての1年延期、しかも開閉会式と大半の競技が無観客で開催され、間違いなく歴史に残る異例・異様・異形な大会となった。

 新型コロナウイルス感染拡大という異常状態の中で、東京五輪開催の賛否は分かれ世論は二分した。コロナ禍でなぜ開催するのか、国民の安全をどのようにして守るのか、具体的な方策・道筋の説明がなく、五輪が国民にとって日常生活を脅かす存在と感じられるようになったからだ。

矛盾したメッセージ

 4回目の緊急事態宣言下の東京都では、デルタ型変異株ウイルスが猛威を振るい、感染第5波に歯止めがかからない状態となった。「人流が減少している」から五輪とコロナは関係ないと、どれだけ国や都が繰り返そうが、国民に行動制限や営業の自粛を求める一方で、世界から人を招いて巨大イベントを開くという矛盾したメッセージを与えたことは事実である。

 連日、選手たちがひたむきに競技と向き合い、極限に挑み、ライバルをたたえ、周囲に感謝する姿は、多くの共感を呼んだ。メダルの価値を超え困難に立ち向かう努力や尊さは、スポーツの力を改めて感じさせてくれた。

 しかし、過去最多の感染者数を記録し、医療機関が逼迫(ひっぱく)する不安や疑念と、各国選手たちの活躍に歓喜する場面のギャップを、自分の頭の中でどう整理すればよいのか、悩む日が続いた。

 良くも悪くも、パンデミック下での今回の異例の東京五輪は歴史に名を残すことになる。数々の制約の中で、さまざまな経験をした東京が謙虚に過程を検証して課題を世界に発信してこそ、東京五輪の意義がある。

噴出した課題

 五輪は、1984年ロサンゼルス大会から一気に商業化が進み、大会のスポンサーシステムが見直されテレビ放映権のビジネス化が進んだ。…

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古賀伸明

元連合会長

1952年生まれ。松下電器産業(現パナソニック)労組中央執行委員長を経て、2002年電機連合中央執行委員長、05年連合事務局長。09年から15年まで第6代連合会長を務めた。現在は連合総研理事長。