繰り返されたカブール撤退 30余年でなにが変わったか

西川恵・毎日新聞客員編集委員
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アフガニスタンの首都カブールをパトロールするタリバンの戦闘員たち=2021年8月19日、AP
アフガニスタンの首都カブールをパトロールするタリバンの戦闘員たち=2021年8月19日、AP

 32年前、ソ連軍のアフガニスタンからの最後の撤退を、私は首都のカブール空港で見届けた。そしていま同じ空港から米軍が最後の撤退をしている。ソ連軍撤退後、ソ連に支えられていた社会主義政権は3年持ちこたえたが、米欧などに支えられていたガニ政権は米軍の撤退を待たずに崩壊した。この30年余でアフガニスタンはぐるりと一回転し、再び大国はこの国を見捨て、イスラム原理主義勢力にその運命を委ねることになった。あの時といまでは何が違うのか――。

 1989年2月13日午後2時半、カブール空港警備の任務に最後までついていたソ連降下部隊の15人がアントノフ12輸送機に乗り込んだ。直前に空港滑走路脇で行われた引き揚げ式では、降下部隊の指揮官サルダルチュク大佐が空港警備の責任をアフガン政府軍に引き渡した。

 シベリア・グズハスト出身のイガール大尉は、私の取材に「祖国に戻れてうれしい。ソ連軍のアフガン侵攻は間違いだった。平和的に紛争が終わってほしい」と答えたと、当時の記事資料にある。直近、2万5000人いたソ連軍の大部分は陸路撤退を完了。最後の15人を乗せた輸送機は、周辺の山からのイスラムゲリラのミサイル攻撃に備え、赤外線追尾をまぎらわす火の玉を放射しながら急角度で上昇し、ヒンズークシの山並みの向こうに消えて行った。

かつては穏健でリベラルなイスラム

 カブール空港のいまの混乱をテレビやネットで見ながら、この30年余の歳月がアフガニスタンに与えた影響を考えざるを得なかった。

 歴史的に見るとアフガニスタンは今日のイメージからほど遠い、柔軟なイスラム教スンニ派の国だった。スンニ…

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西川恵

毎日新聞客員編集委員

 1947年生まれ。テヘラン、パリ、ローマの各支局長、外信部長、専門編集委員を経て、2014年から客員編集委員。09年、フランス国家功労勲章シュヴァリエ受章。日本交通文化協会常任理事。著書に『皇室はなぜ世界で尊敬されるのか』(新潮新書)、『エリゼ宮の食卓』(新潮社、サントリー学芸賞)、『ワインと外交』(新潮新書)、『饗宴外交 ワインと料理で世界はまわる』(世界文化社)、『知られざる皇室外交』(角川書店)、『国際政治のゼロ年代』(毎日新聞社)、訳書に『超大国アメリカの文化力』(岩波書店、共訳)などがある。