
ゴミはいつからゴミになるのか
今日一日を振り返って、ゴミ箱に捨てたものを思い出してみてください。朝ご飯で食べたバナナの皮、ランチで使ったお手拭き、テークアウトしたコーヒーのカップ、スーパーで買った野菜の袋、コンタクトレンズなどなど、思い返すと切りがありません。ああ、今日もゴミをいっぱい出してしまった……と罪悪感にさいなまれる日々。しかし、よくよく考えてみると、ゴミは自らゴミになるわけではありません。人が必要ないと判断して捨てた瞬間にゴミになるのです。だとすれば、私にとってはゴミでも、あなたにとっては宝かもしれません。つまり、ゴミとは常に関係性のなかに存在しているといえるのではないでしょうか。
このように、人と人、人と物、人と環境の関係性について考えていくと、どこに問題が生じているのかが見えてくるような気がします。ゴミ問題や環境問題、人権問題など、問題のほとんどは、歪みが生じている関係性を編みなおすことで、解決に向かうのではないでしょうか。こうしたアプローチを「あいだのデザイン」と私は呼んでいます。以下では、私が仲間と取り組んでいるゴミ問題解決に向けた活動の一部を紹介します。よかったら「あいだのデザイン」を意識しながら読んでみてください。
土に返る暮らしの仕組みづくり
日本では1人1日あたり約1キログラムのゴミを出しており、そのうちの8割は焼却処分されているといわれています。さらに驚くべきは、その焼却施設の数です。世界の焼却場のうち7割が日本にあるといわれています。こうしたなか、ゴミを削減しようと、各地で「ゼロ・ウェイスト」の取り組みが行われてきました。しかし、ゼロ・ウェイストのまちとして有名な徳島県上勝町ですら、完全にゴミをゼロにすることは難しいようです。<くらしナビ・ライフスタイル:ごみ削減、ゼロ・ウェイスト実践>
結局、ゴミを減らそうというのは、対症療法にしかならないのではないか。ならば、ゴミという概念を根底から覆し、「土に返る」循環型の仕組みづくりによってゴミのない世界を実現していこう! そう考えた私たちは「土帰doki Earth」(以下、土帰)を立ち上げました。

土帰では、ゴミのない世界に向けた第一歩として、食をテーマに地域の栄養循環を育む活動を行っています。具体的には、地域で取れた有機野菜の宅配と家庭で出た生ゴミの回収を組み合わせた、ベジボックスの事業を展開しています。回収した生ゴミはコンポストで堆肥(たいひ)化され、大地の栄養となり、その土壌で育った野菜が再び顧客のもとへ届けられるという栄養循環の仕組みです。事業範囲を地域(仙台市内)に限定することで、取れたての野菜をプラスチック包装なしで届けることができています。また、生産と消費の距離が近いため、輸送距離を短くできるほか、農家と都市住民が交流する機会を設けることができるなど、ゴミ問題の解決以外にも良いインパクトが期待されます。
私が地域循環にこだわる理由
そもそも私自身が、地域での人・資源・お金などの循環を重要視するようになったきっかけとして、二つの体験がありました。
一つは、東日本大震災後に福島県南相馬市を訪れ、地域の方とお話しするなかで被災の実態と復興の遅れを知り、都市と地方のゆがんだ関係を目の当たりにしたことです。この時から、各土地の風土を生かした持続可能な地域づくりに貢献したいという思いが募り、今に至ります。

二つ目の理由は、イギリス留学時にファーマーズマーケットのお手伝いなどを通して、地域の一員にさせてもらえた体験です。わざわざサステナブルやエシカルを叫ばなくても、普通に暮らしているだけで自然と「ソーシャルグッド」になってしまう循環型の社会がそこにはありました。

ローカルから持続可能な社会へ
意識の高い人たちが行動するだけでは解決しない複雑な課題が入り組む現代、自然に暮らして自然にうまくいく、そんな包摂的な地域循環の仕組みがつくれたらと思い、実践を続けています。
Think Globally, Act Locally(地球規模で考え、足元から行動せよ)―― この言葉が意味するように、地域ごとのアクションや日々の暮らしは世界を変える力を持っていると私は信じています。
そして、これからの未来を描くとき、新型コロナウイルスの感染拡大による、東京一極集中の限界とライフスタイルの変化は無視できません。分散型社会への移行がこれまで以上に求められているなか、これを好機ととらえ、どうやって持続可能な社会へとかじを切るか。これからも、足元の暮らしや地域に学び、常に問い直し、行動していきます。<コロナで変わる世界:京都大教授・広井良典さん 人口も人生も「分散型」社会に>
「Social Good Opinion」の<インスタグラムアカウント>を開設しました。そちらも合わせてご覧ください。
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