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ベラルーシは「欧州の北朝鮮」となるのか 市民への取材から見えてきたもの

前谷宏・モスクワ支局長
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大統領選から1年に合わせて記者会見を開催し、市民への「弾圧」を否定したベラルーシのルカシェンコ大統領=ミンスクで2021年8月9日、AP
大統領選から1年に合わせて記者会見を開催し、市民への「弾圧」を否定したベラルーシのルカシェンコ大統領=ミンスクで2021年8月9日、AP

 東京オリンピックの期間中に起こった陸上選手の亡命問題で注目を集めた旧ソ連の強権国家ベラルーシ。2020年8月の大統領選後に不正を訴える大規模な抗議活動が起こったが、「欧州最後の独裁者」と呼ばれるアレクサンドル・ルカシェンコ大統領(67)は治安部隊による強硬な取り締まりによって抗議活動を抑え込み、強権姿勢をむき出しにしている。市民の弾圧が続く今のベラルーシを「欧州の北朝鮮」と呼ぶ声も出ている。

 大統領選から1年に合わせて毎日新聞が掲載した特集<欧州の独裁国 ベラルーシの今>の取材で聞いた市民の声から見えてきたのは、変革を望む国民の強い意識だ。ベラルーシで今、いったい何が起きているのか。独裁色を強めるルカシェンコ政権と国民の対立はどこに向かうのか。実態に迫りたい。

相次ぐ拘束や国外脱出

 ベラルーシの人権団体「ビャスナ」に治安当局の捜索が入ったとモスクワ支局の助手から教えられたのは7月14日だった。ビャスナは国外でも広く知られたベラルーシ最大の人権団体。抗議活動で拘束された人の情報などをホームページなどで詳報したり、政治囚のリストを作成したりしている。

 ちょうど捜索の前日、ベラルーシ国内の人権状況について話を聞こうと、ビャスナの幹部にオンラインでのインタビューを申し込み、快諾を得たところだった。この幹部は捜索後に当局に拘束され、今も拘置所に入れられたままだ。「昨日のうちにインタビューまでしておくべきだった」。そう悔やんだが、後の祭りだった。

 ベラルーシについて取材をしていると、似たような事態に遭遇することは少なくない。7月21日にオンラインでインタビューした政治学者のバレリー・カルバレビッチ氏(66)は取材の冒頭で、5日前にベラルーシからウクライナに脱出したことを明らかにした。

 ベラルーシにとどまり、政権の影響力から独立した立場で評論を行う数少ない政治学者だった。だが解説員を務めるラジオ局が捜索を受けたことを知り、自身にも捜査の手が及ぶことを危惧した。「拘置所行きか亡命かというジレンマの中で、亡命を選んだ」という。

 7月19日に取材した元駐スロバキア大使のイーゴリ・レシェニャ氏(53)は8月に入ってから捜査当局に一時拘束された。大統領選後、抗議活動の参加者に対する当局の過剰な暴力を批判し、解任された元外交官だ。「ベラルーシに残っていないと何も変えられない」とあえて首都ミンスクに住み続け、政権支持者と抗議活動支持者の間の対話を取り持つことを目指す活動を続けていた。幸い、10日ほどで釈放されたとの報道が流れたが、政権から距離を取る活動家に対して圧力をかける狙いは明らかだった。

現地での取材許可は下りず

 1994年に旧ソ連崩壊後の初代大統領に選ばれたルカシェンコ氏は、憲法改正を繰り返して大統領権限を強化し、政敵を強権的に排除する統治手法で、欧米諸国などから「欧州最後の独裁者」と批判されてきた。だが、同じ「独裁」でもベラルーシは北朝鮮のような閉鎖国家とは違った。

 主要メディアは政府の統制下にあり、言論の自由は制限されているものの、近年はインターネットの普及に伴い、政権の影響力から独立したメディアが増え、政権に否定的な情報を得ることも容易となっていた。外国メディアもベラルーシ外務省からの取材許可さえ得れば、国内を比較的自由に取材できた。

 だが、今、ベラルーシの状況は大きく変わり、外国メディアが現地で取材をするのは困難になっている。私はベラルーシ大統領選から1年となるのを前に現地で市民らの声を聞こうと、5月半ばにベラルーシ外務省に取材許可を申請した。当初の説明では1週間程度で可否の判断が出るということだったが、何週間たっても回答が来ない。

 1カ月以上たったところで、支局の助手が知り合いの外交関係者を通して状況を探ってくれた。すると、「日本のメディアがルカシェンコ政権に批判的な記事を書いていることはベラルーシの外務省も分かっている」という否定的な反応が返ってきたという。

 要は、取材許可を出す気はないということだ。この助手は毎日新聞モスクワ支局で約15年にわたって働いており、何度もベラルーシに取材に行った経験がある。「現地で当局の嫌がらせや監視を受けることはあったが、取材許可自体が出ないのは初めてだ」とため息をついた。

「抗議活動に加わるのは、殺されに行くようなもの」

 7月中旬からやむなくオンラインを使って市民の声を聞く取材に切り替えた。面識のない外国の記者を警戒し、取材を拒否される事例もあったが、それでも国外に脱出した人も含め10人近い市民や活動家らのインタビューをすることができた。

 首都ミンスクに住むエレーナ・ボンダレンコさん(56)は、政権による弾圧が続く中でも「ベラルーシは欧州の中央部にある文明的な国だ」と思っていた。しかし20年11月、ミンスクの広場で起こった暴行事件で1人息子のロマンさん(当時31歳)を亡くし、そんな気持ちは打ち砕かれた。

 ロマンさんは自宅近くの広場に飾られていた反政権派の象徴である赤と白のリボンを取り除こうとする男らの様子を見に行き、帰らぬ人となった。目撃証言などからロマ…

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前谷宏

モスクワ支局長

2004年入社。新潟支局、東京社会部、福岡報道部を経て、20年9月にモスクワ支局へ着任。ロシアや旧ソ連諸国の動静を追いかけている。過去には警視庁や福岡県警、防衛省などを担当した。