いのちと暮らしに無関心だった菅首相 「まずは自助」の弊害

稲葉剛・立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科客員教授
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自民党総裁選不出馬について記者団の質問に答える菅義偉首相=首相官邸で2021年9月3日、竹内幹撮影
自民党総裁選不出馬について記者団の質問に答える菅義偉首相=首相官邸で2021年9月3日、竹内幹撮影

 この人にとって、政治とは結局、権力闘争以外の何ものでもなく、人々のいのちや暮らしには何の関心も持っていなかったのではないだろうか。

 9月3日、菅義偉首相の退陣表明をテレビで見ながら、私はそんな印象を拭うことができなかった。

 菅首相が自民党総裁選への不出馬に追い込まれた直接的な要因は、党内での求心力を失ったことにあるが、その背景には今夏、デルタ株の感染が爆発的に広がり、政府の感染対策への批判から支持率が急落したことがあるのは間違いない。

 そんな菅首相を擁護しようとして、麻生太郎財務相は7日、「(感染は)まがりなりに収束して国際社会の中での評価は極めて高いと思う」と、耳を疑うような発言をおこなった。

 事実ではない虚偽の情報を事実であるかのように強弁する麻生氏の言動は、米国のトランプ前大統領が多用した「オルタナティブ・ファクト」という手法を思い起こさせるものだった。

「まずは自助」

 今から1年前に首相に就任した菅氏は、昨年9月16日の就任記者会見において、自らのめざす社会像が「自助、共助、公助、そして絆」であると表明した。

 私たち、民間でホームレス支援活動に関わるNPO関係者は、昨年春の1回目の緊急事態宣言の頃から、コロナ禍の影響で急増する生活困窮者への緊急対応に忙殺されており、10~20代の若者までもが仕事を失い、ホームレス化していく現実を前に、「自助も、共助もすでに限界だ。今こそ、生活困窮者への公的支援を拡充してほしい」と声をあげていた。

 飲食店などサービス産業に従事してきた人たちを中心に失業や減収に苦しむ人が急増していること。子育て世帯でも家計が逼迫(ひっぱく)し、食事を満足に取れない子どもたちが増えてきていること。非正規労働者が多い女性の貧困も深刻化していること。コロナ禍の影響により、世代や性別を超えて貧困が急拡大しているという現実は、マスメディアでも何度も報道されていたが、菅首相はコロナ禍で多くの人々が貧困にあえいでいるという現実を知ってなのか、知らないでなのか、「まずは自助」というメッセージを出し続けた。

 生活困窮者への支援策について国会で問われた菅首相が「政府には最終的には生活保護という、そうした仕組みも(ある)」と答弁をしたこともあった(今年1月27日の参院予算委員会での質疑)。しかし、「最終的に」人々を支える仕組みである生活保護制度を首相自らがPRしたり、制度を利用しやすくするための抜本的改革に着手したりすることは一切なかった。

五輪開催だけは前のめり

 その一方で、菅首相は東京五輪の開催だけには前のめりであった。…

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稲葉剛

立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科客員教授

 1969年生まれ。一般社団法人つくろい東京ファンド代表理事。住まいの貧困に取り組むネットワーク世話人。生活保護問題対策全国会議幹事。 2001年、自立生活サポートセンター・もやいを設立。14年まで理事長を務める。14年、つくろい東京ファンドを設立。著書に『貧困パンデミック』(明石書店)、『閉ざされた扉をこじ開ける』(朝日新書)、『コロナ禍の東京を駆ける』(共編著、岩波書店)など。