あの人気漫画の舞台「樺太」の戦前、戦中、そして戦後

真野森作・カイロ特派員
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魚の皮などで作った伝統工芸品を手にするニブフの女性たち=サハリン州立郷土博物館で2015年9月、真野森作撮影
魚の皮などで作った伝統工芸品を手にするニブフの女性たち=サハリン州立郷土博物館で2015年9月、真野森作撮影

 明治時代後期の北海道などを舞台に、アイヌ民族の少女と元日本軍兵士のコンビが埋蔵金争奪戦で奮闘する野田サトルの冒険漫画「ゴールデンカムイ」(集英社の「週刊ヤングジャンプ」で連載)が高い人気を集めている。コミックスはシリーズ累計発行部数が1700万部を超え、連載は最終章に入った。

 物語では、北海道の北に位置する旧樺太(サハリン)とそこに生きる先住民族、さらには隣り合う帝政ロシアも重要な鍵を握る。

 日露戦争後から第二次世界大戦終結まで、20世紀前半の40年間にわたって北緯50度以南のサハリンは南樺太と呼ばれ、日本領だった。現地には今でも日本の面影が残り、先住民族や日系人、コリアンも暮らす。第二次世界大戦での日ソ戦が終結したのは76年前、1945年9月5日のことだ。日本領時代に中心都市だった旧豊原(現在はサハリン州都ユジノサハリンスク)を訪ね、「樺太」の戦前・戦中・戦後をたどった(登場する各氏の年齢やデータは2015年8~9月の取材当時)。

先住民族ニブフの伝統

 カンカン、コン、カンカン、コン――。丸太をつり下げた素朴な打楽器の奏でるシンプルなリズムが青空へと吸い込まれていく。演奏するのは、サハリンに約2000人強が暮らす先住民族ニブフ(旧称ギリヤーク)の人々だ。州立郷土博物館で彼らが自ら手がけた初の文化紹介イベントでの一幕。観光客が興味深そうに演奏に耳を傾けている。

 「私たちニブフはかつて狩猟と漁労、採集によって暮らしていました。主な食べ物は魚やアザラシの肉。例えば、魚と木の実を混ぜ合わせ、芋とアザラシの脂肪分を加えた伝統料理があります。獣や魚の皮を縫い合わせて衣服や靴を作っていたのです」。唐草のような紋様で縁取った真っ赤な伝統衣装姿で、民族活動家の女性アントニーナ・ナチョートキナさん(67)が説明してくれた。続けて、「ニブフは今も健在と示したい」と力を込めた。

 この博物館は樺太庁博物館として日本領時代に建てられた。その外観は、瓦屋根など一部が日本の城のような形をした和洋折衷の「帝冠様式」。サハリンを代表する歴史的建造物だ。敷地内の庭園には島の歴史を象徴する興味深い屋外展示物が並ぶ。帝政ロシアの流刑者収容施設を再現した丸太小屋、戦前の南樺太で天皇の「御真影」を収めたコンクリート造りの「奉安殿」、北千島の占守(しゅむしゅ)島 から運ばれた日本軍の95式軽戦車――。

 そうした中で、がっしりとした高床式の丸太小屋が目を引く。ニブフの夏用の伝統家屋を再現したものだ。半地下構造の冬用の住居や、サケ・マスを保存食に加工するための干し場もある。信仰と結びついたクマの飼育小屋など、アイヌ民族と共通する文化も見て取れた。

日露に翻弄された先住民族

 アジア大陸のアムール川下流域とサハリンに居住するニブフは、自然と共に生きてきた人々だ。だが、近現代は日本とロシアという大国のはざまで翻弄された。日露戦争後の1905年、ポーツマス条約によってサハリンは北緯50度線で区切られ、南半分は日本へ割譲された。

 「ゴールデンカムイ」でも、主人公たちが国境線を越えてロシア側へ潜入する場面がある。ニブフやウィルタなどの少数民族は南の日本領と北のロシア領(1917年のロシア革命を経てソ連領)とに分断されてしまった。そしてソ連の対日参戦によって第二次世界大戦末期には敵味方に分かれることになり、ニブフの人々は日ソ双方の「スパイ」にもされた。ナチョートキナさんは「私の親戚のおじさんは日本軍の案内人をしたと聞いている。終戦後、『お前は裏切り者だ』と言われた人もいたそうです」と明かした。

 日ソ両国はどちらもその統治下で少数民族に同化政策を押しつけ、文化を奪った。日本は戦前、南樺太の敷香(しすか、現在のポロナイスク)近くに先住民集落「オタスの杜」を造成し、「土人教育所」で日本式の教育を実施した。ナチョートキナさんによると、ソ連側も戦前、先住民族の子供たちを寄宿舎に集め、ロシア語だけで話すよう教育したという。「ニブフ語は家庭内でも使われなくなり、多くの伝統が失われた」と残念がる。

 戦後、ようやく1980年代から一部の学校でニブフ語が教えられるようになり、ニブフ語新聞も発行されるようになった。だが、復興は道半ばだ。ニブフの血を引く女性マリーナ・クラギナさん(50)は魚の皮を使った伝統工芸の技術を数年前に書物で学んだ。ほとんど廃れていた技を身につけようと決めたのは、「先祖の『呼び声』があったから」という。クマやフクロウの紋様を縫い付けた皮の小物を手に載せ、誇らしげに見つめた。

 春、川の氷が解けて最初の漁に向かうとき、ニブフの人々は海の神に供え物をささげた。神の許しをもらってはじめて、船を出したのだという。伝統信仰に基づけば、森にも山にもそれぞれ神がいる。就職や就学のためユジノサハリンスクへやって来る少数民族の若い世代が増えてきた。それでも、サハリン北部に多くの人々が暮らす。クラギナさんは「自然は非常に厳しいけれど、美しいところですよ」と教えてくれた。

漁業に残る日本領時代の足跡

 日本領時代の足跡は、基幹産業である漁業にも残っている。

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真野森作

カイロ特派員

1979年生まれ。2001年入社。北海道報道部、東京社会部などを経て、13~17年にモスクワ特派員。ウクライナ危機を現場取材した。20年4月からカイロ特派員として中東・北アフリカ諸国を担当。著書に「ルポ プーチンの戦争」(筑摩選書)がある。