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戦争・紛争に見るジェンダー<暴力的過激主義を追う>

大治朋子・編集委員(専門記者)
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広告の女性の顔が覆い隠された美容院の前を通り過ぎる女性=アフガニスタンの首都カブールで2021年9月12日、AP
広告の女性の顔が覆い隠された美容院の前を通り過ぎる女性=アフガニスタンの首都カブールで2021年9月12日、AP

「女性解放の闘い」

 「我々のアフガニスタンにおける勝利で、女性はもう自宅に閉じ込められることはなくなった」

 米同時多発テロ事件を起こした国際テロ組織アルカイダを支援しているとして米国主導の有志国連合軍がイスラム組織タリバンの政権を事実上崩壊させた2001年11月、当時のローラ・ブッシュ米大統領夫人はラジオ演説で高らかにこう宣言した。米国によるアフガン戦争の目的が「対テロ」に加え、「女性解放」にもあるといわんばかりだった。「女性解放」はやがて、米国が掲げた「親米的な国づくり」の中心課題に据えられていく。

 欧米メディアもそんなレトリックに便乗するように、米軍を「救世主」のように見立てた。象徴的とされたのが、ロイター通信がアフガニスタンの首都カブールで01年11月14日に撮影した一枚だ。全身を水色のブルカで覆う女性たちの中でただ一人、スカーフをふんわりと頭に巻いただけで美しい顔をあらわにした若い女性がたたずむ――。それはイスラム主義組織タリバンによる「暗黒の時代」の終焉(しゅうえん)、そして女性の解放を象徴する光景として世界中に拡散された。その後も、戦闘に伴う死傷者の大半は男性であるにもかかわらず、「女性が最大の被害者」だとメディアに描かれ、商品化された。

 そして21年9月。米軍撤退もまた同じような目線、文脈でとらえられた。「救世主」が去り、女性を閉じ込める「暗黒のタリバン政権の再来だ」と。

 だがそこには少なくとも二つのステレオタイプが透けて見える。一つは、西洋的な視点で東洋のすべての文化、価値観を「遅れたもの」と見なしそこに暮らす「かわいそうな女性」を哀れむ目線。もう一つは、「タリバン=諸悪の根源」であり、タリバンさえ倒せば問題は解決する、といった単純思考だ。

利用されるジェンダー

 オリエンタリズムという言葉がある。一般に、オリエント世界(東洋、中東など)の文化や価値観を取り入れたり研究したりすることを意味するが、特別視や偏見を意味することもある。オーストラリアのマッコーリー大学を拠点に研究するマリアム・ハリド博士はその論文「対テロ戦争におけるジェンダー、オリエンタリズムと他者の描写」(2011年発表)で、米国によるアフガンやイラクでの戦争の背景には「遅れた人々」「かわいそうな女性」を救出するというオリエンタリズムの偏見があると分析した。

 だが米軍が掲げる「女性解放」策には常に米国の利益も付随する。

 例えば米陸軍がアフガン戦争などを念頭に06年に作成した「対ゲリラ戦マニュアル」には、「地域の情勢に詳しい女性の存在に注目する」と記されている。地元の女性から情報を集めよ、という意味だ。

 09年6月、アフガン駐留米軍に従軍してパキスタンとの国境沿いにあるアフガン南東部パクティカ州のワザクワ米前線基地に滞在していた私は、米国の非営利団体、国際医療団(IMC)などが開設した女性専用の医療施設を訪ねる機会があった。大半の地方には女性医師がいないため、夫や父親らは妻や娘が病気になっても放置している。その救済にと米軍は女性衛生兵を週3回派遣し、医療活動などを支援していた。

 だが米軍はそこで、通訳を通じ、任意ではあったが女性から情報(インテリジェンス)も収集していた。地方の村では口コミが最大の情報源で、当時、米軍はタリバンの動静がつかめず苦戦していた。こうした戦術は当然、女性の身を危険にさらす可能性もある。

本質的な問題としての家父長制

 もう一つ、この施設で強く認識したのは、女性を抑圧しているのはタリバンだけではなく、家庭や地域で権力を握る男たちの家父長的な価値観だという点だ。

 家父長制とは家長が家族を支配・統率する家族の形態であり、こうした原理に基づく社会の支配形態を意味することもある。中心にあるのは男性優位主義の思想だ。

 そのことを改めて気づかせてくれたのは医療施設で出会ったパキスタン人の産婦人科女医(40)だった。…

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大治朋子

編集委員(専門記者)

 1989年入社。サンデー毎日、社会部、ワシントン特派員、エルサレム特派員などを経て現職。英オックスフォード大学ロイタージャーナリズム研究所客員研究員。2017年から2年間休職しイスラエル・ヘルツェリア(IDC)学際研究所大学院(テロ対策&国土安全保障論、サイバーセキュリティ専攻)修了、シンクタンク「国際テロリズム研究所」(ICT)研修生。テルアビブ大学大学院(危機・トラウマ学)修了。防衛庁(当時)による個人情報不正収集・使用に関する報道で02、03年度新聞協会賞受賞。ボーン・上田記念国際記者賞など受賞。単著に「勝てないアメリカー『対テロ戦争』の日常」(岩波新書)、「アメリカ・メディア・ウォーズジャーナリズムの現在地」(講談社現代新書)など。