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「女性も徴兵制を」 韓国で議論が活発化する背景とは

日下部元美・外信部記者
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韓国京畿湾北西部の延坪島に出動した韓国軍兵士=韓国・延坪島で2010年11月28日、長谷川直亮撮影
韓国京畿湾北西部の延坪島に出動した韓国軍兵士=韓国・延坪島で2010年11月28日、長谷川直亮撮影

 男性の徴兵制がある韓国で、女性にも兵役を課すべきだという議論が活発化している。今年5月には、女性徴兵制を求める大統領府あての請願に29万人以上が賛同し、話題を呼んだ。20代の韓国人らに話を聞くと、兵役に不満を抱く男性だけでなく、女性からも賛成の声が聞かれた。

 署名した市民や専門家に取材する中で、今の韓国社会が抱える課題が見えてきた。それは日本人にとっても人ごとではない問題だ。

29万人が賛同

 「女性も徴兵の対象に含めてください」。今年4月、青瓦台(大統領府)のホームページ(HP)に、こんなタイトルの請願が投稿された。30日以内に賛同者が20万人を超えれば、政府が見解を出す仕組みになっている。

 請願の投稿者はHP上で、「出生率の低下が軍の兵力の補充にも大きな支障をきたしている。軍務に適していない人員も無理やり徴兵対象となっているため、軍の質が落ちている」と指摘。軍はすでに将校などに女性を募集しており、身体的に軍務に適していないとの理由は通らないとして「兵役の義務を男性にだけ負わせるのは非常に後進的で女性を卑下する発想だ」と訴えた。この請願では、30日以内に29万3140人が賛同した。政府が出した見解については後段でふれる。

 これまでも女性徴兵制を求める声はあった。青瓦台に2017年に寄せられた同様の請願では12万人以上が賛同。国会に対する請願を受け付けるHPでも今年4月、同様の請願が出され、10万人が同意した。

少子化で兵士不足

 なぜ女性徴兵制を求める人がこんなにも多いのか。青瓦台への請願に賛同したソウル市の男子高校生(18)はこう説明する。「少子化のために、本来は適任でない兵士まで徴兵されている。女性の中には男性よりも軍の仕事に適した人がおり、軍の質の向上にもつながるはず。女性に門戸を開かないのは旧時代的な女性差別だ」

 韓国では近年、急速に少子化が進んでいる。2020年の合計特殊出生率(1人の女性が一生に産む子どもの数)は0.84と、日本の1.34(20年)を大幅に下回る。経済協力開発機構(OECD)加盟37カ国(当時)のうち、1を下回ったのは韓国だけだ。徴兵対象者の徴兵率は1993年に72%だったが、今では9割近くにまで上がっている。徴兵を所管する兵務庁は20年10月、1年に必要とされる20万人の兵士を32年以降は維持できなくなるとの見通しを示した。

 世論調査会社の韓国ギャラップが今年5月に実施した調査で徴兵制の対象とすべき性別について聞いたところ、「男性だけ」(47%)と「男女両方」(46%)が拮抗(きっこう)した。20代は「男女両方」が51%と、「男性だけ」(37%)を大きく上回った。若い世代を中心とした議論の盛り上がりが見て取れる。

不公平感も背景に

 韓国では原則として男性は約2年の兵役を課される。女性徴兵制に多くの賛同が集まった背景には、男性側が現行制度を不公平だと感じていることも背景にある。

 青瓦台の請願には海外在住の韓国人も参加できる。賛同した京都市在住の韓国人男性(27)は「国は、男性の約2年にわたる多大な犠牲への補償をしてほしい。それができないなら、女性も国防の義務を分担すべきだ。数が減っている若い男性だけが国防を担うのは荷が重すぎる」と不満をのぞかせた。

 「多大な犠牲」とは、青春時代の貴重な時間が失われることだけではない。それは、深刻な社会問題となっている若者の就職難に関係している。教育部(文部科学省に相当)が高等教育を受けた人に実施した19年の調査では、韓国の大学卒・大学院修了者の就職率は67.1%にとどまった。韓国政府の統計によると、20年の若年層(15~29歳)の失業率は9.0%。日本の若年層(15~24歳)の完全失業率はこの年、4.6%だ。

 このため競争は激烈だ。学生たちは就職で少しでも有利になるように早くからインターンシップ制度の利用や資格の取得などに奔走する。だが、兵役中は事実上、就職活動をすることができない。以前は、兵役の義務を果たすと一部の公務員採用試験で点数が加算される「軍加算点制度」が実施されていた。だが兵役に就けない障害者や女性らが「差別的だ」と反対運動を展開。99年に憲法裁判所が「平等権を侵害する」として違憲と判断し、廃止された。

 求人情報サイト「ジョブコリア」が今年、4年制大学卒の新入社員を採用した企業を対象に実施した調査で、新入社員の平均年齢は女性が27.3歳であるのに対し、男性は30.0歳。前述の京都市在住の男性(27)は、「同期の女性は、男性が兵役中に留学し、男性より早く就職する。不公平だ」と本音をもらす。

 女性は子供を妊娠すれば出産や育児で少なくとも1、2年は仕事や学業に専念することが難しくなるため、韓国では以前から「女性は兵役に就かなくてもよい」との…

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日下部元美

外信部記者

1991年東京都生まれ。2014年入社。北海道報道部を経て、2019年5月から現職。2020年6月から韓国・ソウルに語学留学中。現在に至るまで担務の傍ら性的少数者(LGBTなど)や障害者など社会的マイノリティの取材を続け、旧優生保護法下の障害者らに対する強制不妊手術問題を扱ったキャンペーン報道『旧優生保護法を問う』の取材班に参加した。好きな物は映画と漫画。Twitter @MoKusakabe