入管が明かさない不都合 スリランカ女性死亡事件

安田菜津紀・フォトジャーナリスト
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スリランカ人女性、ウィシュマ・サンダマリさんが死亡した問題で、ビデオの視聴に代理人の立ち合いが認められず、法務省前で取材に応じる妹ワユミさん(左)とポールニマさん=東京都千代田区で2021年9月10日、長谷川直亮撮影
スリランカ人女性、ウィシュマ・サンダマリさんが死亡した問題で、ビデオの視聴に代理人の立ち合いが認められず、法務省前で取材に応じる妹ワユミさん(左)とポールニマさん=東京都千代田区で2021年9月10日、長谷川直亮撮影

 名古屋出入国在留管理局で亡くなったウィシュマ・サンダマリさんの妹であり、次女のワユミさんが9月23日、日本からスリランカへと帰国した。5月1日に来日をしてから、すでに5カ月近くがたとうとしていた。当初は1カ月ほどの滞在の予定が、「真実が分からなければ、スリランカで待つ母に何も報告できない」と、真相究明のために日本にとどまっていた。

 8月10日に入管庁が公表した「最終報告書」は、死因について「病死と考えられる」としているものの、「複数の要因が影響した可能性があり、具体的な経過の特定は困難」と曖昧にされており、収容との因果関係にも踏み込まない表面的なものにとどまった。

ビデオ開示が残した心の傷

 さらに8月12日、入管庁はウィシュマさんが亡くなるまでいたとされる居室の監視カメラのビデオ約2週間分を、わずか約2時間分に切り縮め、遺族のみに見せた。姉が苦しみ亡くなる映像を見ること自体、あまりに精神的負荷が大きいことだろう。ところが代理人弁護士の同席は、「特別の人道上の対応としてご遺族にご覧いただく」と最後まで認められなかった。結局、遺族は1時間10分ほどの映像を見進めた時点で中断し、ビデオを見たワユミさんは、涙が止まらず、嘔吐(おうと)してしまう場面もあったという。

 法務省の建物から出てきたワユミさんは、声を震わせながら語った。「人権なんてここに全くありません。すべての外国人の皆さんに伝えたいです。明日はあなたの番かもしれません」

 このビデオ開示が心に残した傷は深かった。ワユミさんは浴室などの小さな部屋に入ると、「たんとうさーん、たんとうさーん」と、映像の中でウィシュマさんが助けを求めていた声が響いてくる感覚に襲われるようになったという。

 そして9月23日、ワユミさんは一人スリランカで待ち続ける母の元に戻り、三女のポールニマさんが引き続き日本にとどまり真相究明を続けることを選んだ。

 ビデオ開示を認めてこなかったことや、遺族代理人の同席を認めなかったことの理由について入管庁側は、「(施設の)保安上の理由」「ご本人(ウィシュマさん)の名誉・尊厳」を掲げてきたが、ウィシュマさんの尊厳のあり方を決めるのは、その死の責任がある側ではないはずだ。そもそも「名誉・尊厳」を理由に掲げながら、なぜ最終報告の調査に加わった「有識者」には、遺族の了解を得ずにビデオを全て見せているのだろうか。「保安上の理由」というと、ビデオ開示がさも前例のないことのように聞こえるが、これまで裁判やその手続きなどを通し、内部の映像が公開されたことは何度もあることだ。

恣意的に編集される証拠

 2014年3月、茨城県牛久市にある「東日本入国管理センター」の収容施設で、カメルーン人男性が体調不良を訴えるも放置され亡くなった事件が起きた。「I'm dying」「みず、みず」と叫び、床をのたうち回るほどの苦痛を7時間近く訴え続けていたにもかかわらず、入管職員は対処するどころか、監視カメラでその様子を観察し、動静日誌に「異常なし」と書き込んでいた。

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安田菜津紀

フォトジャーナリスト

 1987年生まれ。NPO法人Dialogue for People 副代表。東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。著書に「故郷の味は海を越えて―『難民』として日本に生きる―」(ポプラ社、19年)、「写真で伝える仕事―世界の子どもたちと向き合って―」(日本写真企画、17年)、「君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―」(新潮社、16年)、「それでも、海へ―陸前高田に生きる―」(ポプラ社、16年)など。