自衛隊のリアル

軍事情報からみた台湾問題の「逆説」

滝野隆浩・社会部専門編集委員
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台湾周辺の上空で、台湾軍の戦闘機(下)に接近する中国軍の爆撃機=2020年2月10日(台湾国防部提供・AP)
台湾周辺の上空で、台湾軍の戦闘機(下)に接近する中国軍の爆撃機=2020年2月10日(台湾国防部提供・AP)

 台湾を巡る国内の議論が活発になっている。民主派を弾圧した香港問題で明らかになったように、中国は国際秩序に挑戦する姿勢を崩さない。これに対しバイデン米政権は対決姿勢を強めている。米国と同じ民主主義という価値観を共有する日本は、今後、台湾問題にどう向き合えばいいのか。岸田新政権にとっても喫緊の課題であろう。

 今年5月まで、日本台湾交流協会台北事務所(大使館に相当)で安全保障担当主任を務めた渡辺金三氏(元陸将補)に話を聞いた。彼は私の防衛大同期で、陸上自衛隊では情報畑を歩いてきた。ミリタリー情報の面から、複雑な台湾問題も読み解いてみたい。

軍事面の議論は深まっていない

 ――帰国後、あちらこちらに引っ張りだこみたいだね。産経新聞の1面トップ(今年8月7日付)で論考も発表したし。

 渡辺 そうでもないよ。自分が5年ほど台北にいて考えてきたことを話しているだけ。日台交流協会はあるものの、ミリタリーの面からカバーしている人間は少ないから重宝がられているのかもしれないな。

 ――その軍事の立場からみれば、昨今の台湾問題はどうみえるのだろう。

 渡辺 たぶん、3月に、当時の米インド太平洋司令官が中国の台湾侵攻が「6年以内に発生する」「皆が考えているより、かなり早い時期に発生する」と発言したことがきっかけで、世界中でこの議論が広がったとみられる。そして4月の日米首脳会談の共同声明でも「台湾海峡の平和と安定の重要性」が明記された。関心が高まったことはいいことだが、情報にふり回されすぎて、純粋な軍事的議論が深まっていないのは残念だな。

 ――どういうこと?

 渡辺 たとえば、その米インド太平洋司令官発言の3カ月後に、今度は、米統合参謀本部議長が「近い将来に(中国が)台湾侵攻する可能性は低い」とか、「2年以内に中国が台湾に軍事侵攻する兆候はない」と述べている。メディアも混乱して「米国は軟化した」などと評論したりしている。大事なことは、それぞれの立場による政治的な評価ではなく、軍事状況がどうなっているのか、正しく理解することだと思う。

中国に上陸侵攻の兵力はあるのか

 ――なるほど。メディアにいる身としては耳の痛い話だな。で、台湾海峡をはさんだ両軍の実情は正確にはどうなのだろう。

渡辺 まず地形という面からいえば、台湾海峡というのは狭い所で130キロ、広い所は200キロを超える海岸線の長い海峡。潮の流れは速いし海底は浅いので潜水艦の運用はなかなか難しい。加えて冬場には強風が吹き濃い霧も発生するので、航空機の運用も困難。だいいち台湾側の海岸で大部隊の上陸に適した海岸は数カ所しかなく、もちろんそこには台湾軍が守備を固めている。だから台湾海峡は、上陸侵攻を行う側にとってきわめて厳しい地形・気象であるということができる。

 次に戦力はどうか。米国防総省の「中国軍事力報告2020」では、台湾侵攻に関係する中国東部戦区および南部戦区の兵力を台湾軍と比較している。それによると、陸上兵力は、台湾8・8万人に対し、中国41・2万人、海上兵力は、水上艦艇が台湾26隻、中国61隻、潜水艦が台湾2隻で中国38隻。航空兵力は、戦闘機が台湾400機に対し中国600機。一般に攻撃する側は、最低でも防衛側の3倍の兵力が必要とされているが、台湾海峡の厳しい地形・気象があり、中国軍側が侵攻に必要な圧倒的な兵力を保持しているとはいえないだろうね。

 ――ミサイルはどう?

 渡辺 中国は多数の短距離地対地ミサイルを台湾周辺に配備しているとされる。ところが、米国防総省の同報告書には台湾の能力の記載がない。それでよく台湾にはミサイル投射能力がなく、一方的にやられるだけだと誤解される。そうではなく公表していないだけ。私の肌感覚だと、大陸を射程に収めるミサイルを、台湾は250発程度は保持しているのではないか。

 こうみてくると、中国軍が圧倒的な侵攻能力を持っているとはとてもいえないと考える。

中国の威嚇は政治的メッセージ

 ――ただ、中国は台湾への威嚇を繰り返しているよな。10月4日には、1日としては過去最大となる56機が台湾の防空識別圏(ADIZ)に進入したと報じられた。

 渡辺 最新の情報については、私は現役ではないのでわからない。ただ、過去の台湾への領空侵犯事例を細かくみていくと、たとえば侵犯機の進路が台湾本島の方向には向かわず、平行して飛行している。中国は衝突が発生しないよう、台湾を挑発し過ぎる行動はしておらず、ものすごく慎重な動きをしているように感じる。台湾海峡中間線越え飛行というのはその時々の政治的メッセージとみるべきだな。

 台湾側だってあえて誇大に発表する場合もあるし、最前線の現場だって、そのあたりはよくわきまえ、燃料を節約しながら行動していると思うよ(笑い)。

 ――そうは言っても、昨年春だったか、中国が台湾に侵攻するんじゃないかという話が盛り上がった時期もあったよな。ああいうのも、政治的メッセージなのか。

 渡辺 昨年3月、太平洋を航行中の米海軍原子力空母「セオドア・ルーズベルト」で多数の乗組員に新型コロナウイルスへの感染が確認され長期の寄港を余儀なくされた際の話ね。あのとき、5月ごろだったか、中国メディアでは確かに「台湾侵攻の好機」という論調が広がったことは確かだ。

 でも、そのあとす…

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滝野隆浩

社会部専門編集委員

1983年入社。甲府支局、社会部、サンデー毎日編集部、夕刊編集部副部長、前橋支局長などを経て、社会部専門編集委員。現在、コラム「掃苔記」を連載中。人生最終盤の緩和医療・ケア、ホスピスから死後の葬儀、墓問題までを「死周期」として取材している。さらに家族問題のほか、防衛大学校卒の記者として自衛隊をテーマにした著書も多数。著書に「宮崎勤精神鑑定書」「自衛隊指揮官」「沈黙の自衛隊」「自衛隊のリアル」「これからの葬儀の話をしよう」などがある。