「分配」を語るなら、「生活保護」敵視政策の転換から

稲葉剛・立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科客員教授
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参院本会議で所信表明演説をする岸田文雄首相=国会内で2021年10月8日、竹内幹撮影
参院本会議で所信表明演説をする岸田文雄首相=国会内で2021年10月8日、竹内幹撮影

 「私たち一人一人は微力だが、無力ではない」

 さまざまな社会問題に取り組む市民運動の現場で繰り返されてきた言葉。その言葉の意味を実感できる出来事が最近、東京・中野で起こった。

生活保護担当課の職務スペースが分割

 中野区は、私が代表を務める生活困窮者支援団体「つくろい東京ファンド」が活動の拠点としている地域である。

 中野区では、現在の区役所庁舎を取り壊し、2024年に建設される新庁舎に移転するという計画が進められてきたが、今年7月末、突如として生活保護担当課の職務スペースが2分割され、課員の半分以上が新庁舎ではなく、別の区有施設で職務に当たるという計画が発表された。

 区の説明では、生活困窮に関する区民からの相談は新しくできる庁舎でおこない、生活保護の申請も新庁舎で受け付けるものの、生活保護決定後の相談や保護費の支給などは新庁舎ではなく、そこから徒歩数分の場所にある別の施設で実施するという。その理由としては、コロナ禍や高齢化の影響により、今後、生活保護利用者が増えることが予想されるため、職員の増員を計画しているが、生活保護を担当する職員全員が入れるスペースを新庁舎内に確保できなかったというのだ。

 新たな庁舎をこれから建設するのにもかかわらず、生活保護担当課のみ全員の職務スペースを確保できない、という奇妙な説明に納得できる人はいないであろう。この計画は、生活保護を担当する現場の職員の声も聞かずに決まったことが、その後の区議会での質疑で判明した。

生活保護担当課は新庁舎に入れない?

 実は東京都内では、区役所庁舎の改修や移転に伴い、生活保護担当課が新庁舎に入れなかったという事例が、板橋区(14年改修)、豊島区(15年移転)、渋谷区(19年移転)で相次いでいる。

 その意図が区側から明確に語られることはないが、板橋区の区議会では14年3月17日の予算審査特別委員会において、川口雅敏区議(自民党)が「生活保護の受給者が並ぶ、そんな状況は役所の前でみっともないでしょう。向こう側だったらいいんじゃないかな」と差別的な表現を用い、窓口を別の場所に移すべきだと主張したことが議事録に残っている。

 川口区議のように明言はしないものの、どの区においても「新しくなる庁舎に生活保護利用者を入れたくない」という差別的な意図が働いているのは間違いないと私は考えている。

 都市の再開発や建物の改修によって貧困層の居場所が奪われることは、「ジェントリフィケーション」と言われ、世界中で非難の的となっているが、都内の自治体では行政主体の排除が進められているのだ。

中野区の計画は見直し

 中野区では、区有施設の整備計画案に対するパブリックコメントが9月1日まで募集され、急きょ、私たちは生活保護担当課もすべて新庁舎に入れる計画に変更することを求めるパブリックコメントを提出した。一般の区民や関係者にもパブコメ提出を呼びかけたところ、短期間の呼びかけにもかかわらず、数十人が意見を提出してくれた。

 その後、つくろい東京ファンドスタッフの小林美穂子が中心となり、この問題に関心を持つ区民とともに区議会各会派への働きかけや議会傍聴などのアクションを続けていった。私たちが外から声をあげている間、各会派の区議や区の職員労働組合もそれぞれの立場で動き、区側の姿勢も徐々に変わっていった。

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稲葉剛

立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科客員教授

 1969年生まれ。一般社団法人つくろい東京ファンド代表理事。住まいの貧困に取り組むネットワーク世話人。生活保護問題対策全国会議幹事。 2001年、自立生活サポートセンター・もやいを設立。14年まで理事長を務める。14年、つくろい東京ファンドを設立。著書に『貧困パンデミック』(明石書店)、『閉ざされた扉をこじ開ける』(朝日新書)、『コロナ禍の東京を駆ける』(共編著、岩波書店)など。