アフリカン・ライフ

喜劇俳優と共に独裁国家を歩いた 「アフリカ最後の絶対王制」の素顔(上)

平野光芳・ヨハネスブルク支局長
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暴動で放火された中古車販売店=エスワティニ中部マンジーニ州で2021年9月16日、平野光芳撮影
暴動で放火された中古車販売店=エスワティニ中部マンジーニ州で2021年9月16日、平野光芳撮影

パスポートはどこへ?

 8月2日午前、私はヨハネスブルク支局の非常勤助手を務めるケレ(59)からかかってきた電話に言葉を失った。

 「いくら捜してもパスポートが見当たらないんだよ。前回、一緒に出張に行った時にどこかに落としたのかな……」

 私たちは南アフリカの隣国エスワティニへの出張を検討していた。エスワティニは周囲を南アとモザンビークに囲まれた四国ほどの内陸国で、人口は約120万人。2018年にスワジランドから国名を変更した。国際社会では目立たない存在で、日本人にもなじみがあるとは言えない。「アフリカ最後の絶対王制」とも呼ばれ、国王が絶大な権力と富を有する。ところがこの国で6月下旬、1968年の独立以降で最大規模の民主化要求運動が起き、暴動に発展していた。

 独裁国家ということもあり、外国人記者が現地で取材するためにはエスワティニ情報省から事前に許可を得る必要がある。私はこの電話の4日前、申請に必要なパスポートのコピーをメールで送るようケレに頼んでいたが、一向に返信がなかった。「前回の出張」は5月に南アフリカ国内だったから、パスポートは使っていない。その場しのぎの言い訳に腹が立ったが、あきれて怒る気力も起きなかった。

 「すぐに再発行の手続きをしてほしい」と伝えて電話を切った。警察に紛失届を出し、一から手続きするとなれば取得まで1カ月はかかるだろう。深いため息が出た。

 エスワティニにケレを連れていきたいと思った理由はいくつかある。そもそも「エスワティニが面白い」と最初に教えてくれたのはケレだった。ケレの父方のルーツはエスワティニにある。今も親戚や知り合いが多く住んでいて、現地からのニュースには強い関心を持っていた。

 今回の民主化デモやそれに伴う暴動は南アのメディアでも大きく取り上げられていて、事実関係は知っていた。ただ私が担当しているサハラ砂漠以南の約50カ国では、そもそも欧米諸国並みに「民主的」と言える国は一つもない。政治的なデモや暴動はいわば日常茶飯事で、エスワティニに特段の注意は払っていなかった。ところがケレは「王族が政治、経済の全てを仕切っている異常な国だ。もっと調べてみたらいい」と熱心に勧めてくれた。

世界的にも異例な絶対王制

 試しにエスワティニの憲法を読んでみて、衝撃を受けた。

 「国王は国の統合と永続性の象徴である」(4条2項)というのは日本国憲法の天皇に関する記述と似ている。ところがエスワティニでは国王は「国軍の司令官、警察と刑務所の最高責任者」(4条3項)とある。武力を独占的に行使できるということだ。

 さらに国王は首相や閣僚の任免権があり(67、68条)、最高裁長官も任命する(153条)。国会議員は普通選挙で選ばれるが、国王には上下両院を通過した法案への拒否権がある(117条)。国王には納税の義務がなく、所得税や輸入関税などあらゆる税金を納めなくて良い(10条)。極めつきは、国王は何をしても民事・刑事上の法的責任を問われない(11条)ということだ。

 憲法とは権力の乱用を防止するための最も基本的なルールである。それを担保するために、立法、行政、司法という三権を分立させて相互に監視し合う。ところがこのエスワティニの憲法は「国王は何をしてもいい」と言っているのに等しい。日本では学校の授業でも教わる常識が通用しないのだ。

 王家が絶大な権力を持つ国は、世界的には中東に多い。サウジアラビアやアラブ首長国連邦、カタールなど、いずれも石油や天然ガスといった資源に恵まれる国々だ。政治的な自由はあまりないが、経済的に十分恵まれている分、国民の不満が表出しにくい環境とも言える。

 一方、エスワティニに際立った天然資源はない。最貧国でこそないが、国民の3割が国際的な貧困基準(1日1・9ドル未満)の生活を送る。それなのに国王のムスワティ3世は15人の妻がおり 、プライベートジェット機や高級車ロールスロイスを乗り回す豪華な生活を送っている。強大な権力を生かしたビジネスで多額の利益を得ているようだ。客観的に言えば王族と庶民の「格差」が、悪く言えば王族による「搾取」が世界に類を見ないほど激しいのだ。

 世界地図で見ればごま粒ほどだが、取材テーマとしてはとても興味深い。ぜひ現地に足を運んで、人々に直接話を聞いてみたいと思うようになった。

喜劇俳優の強み

 本連載に度々登場しているケレはおよそ20年間、毎日新聞ヨハネスブルク支局の非常勤助手を務める一方、本業は俳優だ。05~08年に南アフリカ放送協会(SABC)が放送した人気ドラマ「ゾーン14」に出演し、国内では知らない人がいないほどの喜劇俳優でもある。

 一緒に取材をしているとドラマの役名である「ポパイ」「ポパイ」と市民の間から歓声が上がり、どこでも記念撮影を求められる。ケレも嫌な顔を一つせず、気さくに応じてふれあいを楽しんでいる。その光景はまるで、落語家の笑福亭鶴瓶さんがぶっつけ本番で臨むNHKの人気旅番組「鶴瓶の家族に乾杯」を見ているようだ。

 エスワティニでもSABCは視聴できるので、ケレは有名なはずだ。私は取材でこれを生かさない手はないと考えた。王制に関する問題は地元では最もセンシティブな話題で、一般人が公然と王制を批判するのはタブーだと聞いていた。…

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平野光芳

ヨハネスブルク支局長

2001年入社。大津支局、福井支局敦賀駐在、大阪社会部、ジャカルタ特派員、奈良支局などを経て20年からヨハネスブルク支局長。共著に「なぜ金正男は暗殺されたのか」