引退議員に聞く

憲法の理念を沖縄に 国策の押しつけ許すな

照屋寛徳・前衆院議員
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照屋寛徳氏=小川昌宏撮影
照屋寛徳氏=小川昌宏撮影

 沖縄県民の命と健康と安全は脅かされ続けている。沖縄選出の国会議員として24年間闘い続けてきた。国会議員としての闘いに一片の後悔もない。しかし、悔しさが残る。

 一番は、日米地位協定だ。1995年に参院議員に立候補して以来、抜本的な全面改正を訴えてきたが、実現しなかった。

 日米地位協定は沖縄差別の根幹だ。日米地位協定によって、米軍人の犯罪に対する日本の警察権、裁判権は著しく制限されている。沖縄県民の人間としての尊厳も脅かされている。全面改正することなしに、米軍人による犯罪から県民の基本的人権や生命・身体の安全、人間としての尊厳を守ることはできない。

憲法より優先される日米安保条約

 明治以来の近現代史の中で、沖縄は常に国策の犠牲にされ、差別されてきた。自公政権は、日米地位協定による差別を許し続けている。差別や国策の強要をこれ以上、許してはならない。

 沖縄は72年5月15日まで、憲法が適用されない「無憲法」状態だった。アメリカの軍事支配の下、土地を奪われ、無理やり基地が造設された。

 本土復帰をしてからはどうか。形式的には憲法が適用された。しかし同時に、日米安保条約も適用されることになった。今日も憲法より、日米安保条約と日米地位協定が優先されている。憲法にかかげられた平和主義も、基本的人権の尊重もない生活を強いられ、「反憲法」の状態が続いているのだ。

 沖縄は憲法の理念を求め続けている。しかし一方で、憲法を守るべき国会議員からは「改憲」の声が上がる。まさに「憲法を求める沖縄、捨てる日本」だ。

社民党に足りないもの

 私が社民党から小選挙区で当選を重ねられたのは、言葉を磨き、わかりやすい言葉で語りかけ、働きかけてきたからだと思う。他党の支持者も、私を応援してくれた。

 政治家に一番必要なのは、お金でもない、名誉でもない。言葉を磨くことだ。そして、磨き上げた言葉で、国民に政策を広く訴えることが大事だ。

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照屋寛徳

前衆院議員

1945年生まれ。弁護士、沖縄県議を経て95年参院初当選。2003年衆院初当選。衆院沖縄2区。参院当選1回、衆院当選6回。21年衆院選に出馬せず衆院議員を引退。社民党。