オアシスのとんぼ

日韓関係だけではない、世界を揺るがす「歴史認識」問題 <記憶の戦争 1>

澤田克己・論説委員
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ビルケナウ(第2アウシュビッツ)強制収容所に引き込まれた線路。=オシフィエンチムで2011年11月22日、樋口直樹撮影
ビルケナウ(第2アウシュビッツ)強制収容所に引き込まれた線路。=オシフィエンチムで2011年11月22日、樋口直樹撮影

 「歴史認識」問題といえば思い出されるのは韓国や中国であり、慰安婦問題や徴用工問題という言葉だろう。だが実際には、歴史の「記憶」に起因する外交的衝突は冷戦終結後、ドイツやロシアなどを軸に世界各地で起きている。冷戦期に結んだ協定で解決済みだったはずの請求権問題を蒸し返そうとするなど、まるで日韓関係かと思うような動きもある。いったい何が起こっているのだろうか。

冷戦下では問題にならなかった「慰安婦」「徴用工」

 まずは日韓の歴史認識問題をおさらいしたい。外交紛争化しているのは慰安婦と徴用工の問題だが、これほど大きな問題となったのはどちらも2010年代に入ってからだ。慰安婦問題は1990年代にも外交問題となったが、日韓関係全般を止めるようなことはなかった。

 日韓間で歴史認識が外交問題となったのは、80年代に起きた日本の歴史教科書問題からだ。元慰安婦や元徴用工を支援する運動が本格化したのは90年ごろからで、関連の訴訟もすべて90年代以降である。

 背景にあるのは89年の冷戦終結だ。冷戦時代の韓国は、北朝鮮とにらみあう最前線の弱小国家だった。日米との協力が外交・安全保障政策の柱で、歴史認識を問題にするような余裕はなかった。

 その状況は、冷戦終結で一変した。イデオロギーのくびきが外れ、韓国は中国やソ連、東欧諸国と国交を結んだ。順調な経済成長によって、北朝鮮との体制間競争に勝ったという自信を抱くようにもなった。

 87年の韓国民主化によって、権威主義政権に抑え込まれていた「不都合な声」が表に出やすくなったという事情もある。民主化は、フィリピンや台湾、東欧諸国とほぼ同時期だった。

 30年あまり経たいま、日韓の経済力に大きな差はなくなった。生活水準はほぼ並び、韓国の方が上となる経済指標も出てきた。先進国になったと自信を深める韓国では、日本を相手に妥協する必要などないという主張が強まっている。そうした意識が歴史認識問題での強硬な主張につながってくるのだろう。

「歴史の政治問題化は全世界的な傾向だ」

 著書「アフター・リベラル」(講談社現代新書)で欧州と東アジアの共通性を指摘した同志社大の吉田徹教授(欧州政治)は、「歴史認識問題は東アジアに特有の争点ではない。歴史が有形無形に政治問題化して、内政と外交で問題になっているのは、全世界的な傾向だ」と指摘する。

 西欧では、戦後世代が社会に出てきた60年代以降に歴史認識問題が意識されるようになり、冷戦終結後により大きなイシューとして浮上したのだという。

 統一前の西ドイツでは、ナチスと関係のない戦後世代の台頭を受け、ユダヤ人虐殺(ホロコースト)の歴史に光が当たり始めた。

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澤田克己

論説委員

1967年生まれ。埼玉県狭山市出身。91年入社。ソウル支局やジュネーブ支局で勤務した後、論説委員を経て2018年から外信部長。2020年4月から再び論説委員。著書に『「脱日」する韓国』、『韓国「反日」の真相』、『反日韓国という幻想』、『新版 北朝鮮入門』(共著)など。