「決心」できなければ危機管理ではない アフガン待避「出遅れ」の教訓

小川和久・静岡県立大学特任教授 特定非営利活動法人・国際変動研究所理事長 軍事アナリスト
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小川和久氏=北山夏帆撮影
小川和久氏=北山夏帆撮影

 アフガニスタンからの関係者の退避は少しずつ進んだが、それをもってよしとするのは日本国内でしか通用しない「結果オーライ」の発想である。最も切迫した状況において日本だけが著しい後れをとったことは、コロナ対策をはじめとする今後の危機管理を考えるうえで重要な教訓を与えてくれる。

 各国は、通訳など協力者だけでなく、アフガンの国づくりに関わっていた国際機関、NGO(非政府組織)で働いていたアフガン人を可能な限り家族ともども出国させた。概数では米国12万人、カタール4万人以上、アラブ首長国連邦(UAE)3万6500人、英国1万5000人、ドイツ5000人、イタリア5000人、フランス3000人などにのぼった。

 日本はといえば、日本大使館員12人が8月17日に英国軍機でアラブ首長国連邦に出国したものの、JICA(国際協力機構)などの日本人6人と関係者・家族合計500人余については放置された。政府が自衛隊輸送機を出発させたのはようやく23日。26日に米軍に依頼された旧アフガン政府関係者14人、27日に日本人女性1人を隣国パキスタンに出国させるにとどまった。

 ここで浮き彫りになったのは、日本政府には危機にあたって「決心」する能力がないという問題である。

 決心とは、自衛隊や世界の軍隊の指揮官教育でたたき込まれるもので、敵の大軍が迫ってきているといった目前の緊急事態に対して、いかに素早く、正面突破、迂回(うかい)攻撃、退却などを的確に選択し、味方の損害を最小限に抑え込みながら戦うか、という点に主眼がある。

 日本政府の決心が各国なみであれば、6月から退避活動に入っただろうし、アフガン政府崩壊前にチャーター機を、その直後には自衛隊機を投入しただろう。

 今回、特に目立ったのは国家の司令塔たる国家安全保障会議(NSC)とその事務局の国家安全保障局(NSS)の機能不全である。

 実を言えば、決心に関する同様の失態は過去に3回繰り返されている。

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小川和久

静岡県立大学特任教授 特定非営利活動法人・国際変動研究所理事長 軍事アナリスト

 1945年生まれ。陸上自衛隊生徒教育隊・航空学校修了。同志社大学神学部中退。地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。外交・安全保障・危機管理(防災、テロ対策、重要インフラ防護など)の分野で政府の政策立案に関わり、国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、日本紛争予防センター理事、総務省消防庁消防審議会委員、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。小渕内閣ではドクター・ヘリ実現に中心的役割を果たした。電力、電話、金融など重要インフラ産業のセキュリティ(コンピュータ・ネットワーク)でもコンサルタントとして活動。2012年4月から、静岡県立大学特任教授として静岡県の危機管理体制の改善に取り組んでいる。『フテンマ戦記基地返還が迷走した本当の理由』『日米同盟のリアリズム』など著書多数。