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韓国の「対日強硬派」候補が直面する疑惑。大統領選への影響は?

坂口裕彦・ソウル支局長
与党「共に民主党」の大統領候補に選ばれ受諾演説を行う李在明京畿道知事=ソウルで2021年10月10日、朝鮮日報提供
与党「共に民主党」の大統領候補に選ばれ受諾演説を行う李在明京畿道知事=ソウルで2021年10月10日、朝鮮日報提供

 「政治の一寸先は闇」とよく言うけれど、それを地で行く展開で、速報した記事をあわてて修正することになってしまった。

 事のてんまつはこうだ。

 韓国の進歩系最大与党「共に民主党」は10月10日、来年3月に投開票される大統領選の公認候補に李在明(イ・ジェミョン)京畿道(キョンギド)知事(56)を選んだ。全国11地域で実施してきた党員投票や、事前登録した一般市民を対象に3回に分けて行われた投票結果がこの日までにすべて判明。李在明氏の累計得票率は約50・3%に達する一方、最大のライバルだった李洛淵(イ・ナギョン)元首相(68)は約39・1%にとどまった。得票率が過半数に達したため、上位2人による決選投票を経ることなく、李在明氏が大統領候補に選出された。

 李在明氏は、すでに判明していたほとんどの地域の党員投票でも、2回の一般市民投票でも50%以上を得票。他の候補を大きくリードして、独走していた。だから、私はちゅうちょすることなく、「李在明氏を大統領候補に選出」という速報用に準備した原稿にも「10日発表された3回目の一般市民投票でも圧勝」と書いていた。

 ところが、3回目の市民投票結果を知らせる党の発表資料を確認して、びっくり仰天。まったくの正反対だったのだ。62・4%を得票してトップだったのは、なんと李洛淵氏。李在明氏は逆に28・3%にとどまり、ダブルスコアで負けていた。このため、大急ぎで、速報の該当部分を削る羽目になってしまった。

 ソウル市内の会場で結果発表した党選管委員長でさえ、「一瞬、読み間違えたのではないかと思った」と翌11日のラジオ番組で振り返っていた。大統領候補に選ばれたとはいえ、李在明氏本人にとっても想定外だっただろう。なぜ最終盤で、ここまでの大失速が起きたのか。思い付くのは、韓国のマスコミをにぎわせているある都市開発事業をめぐる疑惑しか考えられない。

苦学して身を起こした「アウトサイダー」

 そもそも李在明氏とはどういう人物なのか。一言で言うならば、苦学して身を起こした「立志伝中」の人だ。10日の候補受諾演説でも、「中学も、高校もまともに通えなかった。(自らの支えとなる)組織も、学閥も、地縁もない。私は、国会議員経験のない辺境のアウトサイダーだが、国民が求める変化と改革を必ず実行する」と自らの生い立ちを語っていた。

 生まれは、南東部・慶尚北道(キョンサンプクド)の安東(アンドン)市。その後、京畿道城南(ソンナム)市へと家族で移り住んだ。実家は貧しく、工場で働きながら、中学や高校の卒業資格を取得した。奨学金を得ながら大学を卒業。1986年に司法試験に合格し、人権派の弁護士として活動した。

 政治家に転身してからは、2010~18年に城南市長を務め、18年秋に京畿道知事に転出して、今に至る。歯に衣(きぬ)着せぬ言動が目立ち、「韓国のトランプ」とも呼ばれる。17年にも同党の大統領候補に名乗りを上げたが、文在寅(ムン・ジェイン)大統領に敗れた。党では文大統領を支える「文派」とは距離を置く非主流派だが、2回目の挑戦で候補の座をつかみとった。

 公約の目玉に掲げるのは、生活に必要な最低限のお金を国民に給付する「ベーシックインカム」(基本所得)の導入だ。受諾演説でも「国民の基本的な暮らしを保障しなければならない。世界で初めてベーシックインカムを支給して、人々の暮らしを守る国を作る」とアピールした。

 対日関係では、これまでのところ「強硬派」の印象が強い。15年に日韓両政府が結んだ慰安婦問題解決のための合意については「全面見直し」を主張していた。東京オリンピック・パラリンピック組織委員会ホームページ(HP)の日本地図に島根県・竹島(韓国名・独島)が掲載されたことにも激しく反発。受諾演説でも「日本を追い越して、世界をリードする国をつくる」と強調し、19年に日本政府が実施した対韓輸出管理の厳格化を念頭に「日本の輸出報復に対して、短い期間で完璧に勝った」と対抗意識を隠さなかった。

逮捕された「疑惑のキーマン」は側近

 その李在明氏の足かせとなりそうなのが、城南市長在職時の14年に始まった同市大庄洞(テジャンドン)の都市開発事業に絡んだ疑惑だ。今年9月になってからマスコミ各社が一斉に報じ始めた。

 韓国メディアによると、事業に参加した民間企業「火天大有」(ファジョンデユ)と、その大株主の家族・知人ら個人投資家は、都市開発を実施するために作られた特別会社に計約7%を出資し、なんと出資額の1000倍以上になる約4040億ウォン(約380億円)という配当を得ていた。一方、約50%を出資した城南都市開発公社の配当は1830億ウォン(約170億円)に過ぎなかったという。

 検察当局は捜査を進めている。今月3日には、李氏の「側近」とされ、「疑惑のキーマン」と注目されている城南都市開発公社の元企画本部長の男性が、背任と収賄容疑で逮捕された。検察は、異常な高配当を受けた火天大有からこの男性に対して、約11億ウォン(約1億円)以上が渡ったとみている。この男性は、李氏が京畿道知事に就任した18年には道の観光公社社長に就任していた。2人の関係の近さから、李氏自身も事件に何らかの形で関与しているのではないか、という疑念の目が向けられているのだ。

 さらに検察は、火天大有の男性社長に対しても、背任や横領容疑で事情聴取を重ねている。14日には城南市役所を家宅捜索。文在寅大統領も12日に「検察と警察は積極的に協力し、迅速かつ徹底した捜査で真実の早期究明に総力を挙げてほしい」と指示した。

 李在明氏は、「フェイクニュースによる扇動はすべきではない」などと述べて、自らの関与を全面否定している。一方で、12日の記者会見では「人事権者、管理者として一部職員の逸脱行為について、もう一度謝罪したい。当時5000人を管轄していたが、人事権者として、自らの道義的責任は免れることができない」とさすがに反省の弁を述べざるを得なかった。

 一方で疑惑は、保守系の最大野党「国民の力」にも飛び火している。同党所属の男性国会議員の息子が数年間、火天大有に勤務しただけで、50億ウォン(約4億7000万円)の退職金を受け取っていたことが判明。その議員が辞職に追い込まれた。

 ベテランの韓国人記者はこう解説する。「複雑な事件で、どう転ぶかはまだわからない。でも関係者の手に渡った金額が、桁外れに大きい。1000倍の配当を得ることができる投資なんて、市民の常識からかけ離れている。いくらなんでもおかしいと、誰しもが思うだろう。開発からずいぶん時を経ているのにもかかわらず、これまで事件が発覚しなかったことも不可解だ」

韓国の異常すぎる不動産価格の高騰

 別の韓国人有識者は、3回目の市民投票結果について、このように解説してくれた。「今、韓国では不動産で不正を働いたと見なされることは、毎日、苦労しながら生きている一般市民を何よりも怒らせるのですよ。…

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ソウル支局長

1998年入社。山口、阪神支局に勤務し、2005年に政治部。外信部、ウィーン支局、政治部と外信部のデスクなどを経て、21年4月から現職。19年10月から日韓文化交流基金のフェローシップで、韓国に5カ月間滞在した。著書に「ルポ難民追跡 バルカンルートを行く」(岩波新書)。